なんだよ、あれ

「え、ヒトハちゃん、ソウキを殺しちゃうの? 本気マジ?」

天界には、うそんと言いたげな表情で画面を見つめる神様がいた。その画面には、細長く、それでいて軽そうな赤い剣がぶっ刺さった顔の良い男が映っていた。


 勿論、ソウキのことである。


「美人薄命ってこのことかなぁ。このソウキって奴、顔めっちゃ良いもんね。」

まぁ、私には劣っちゃうけどね!


 そう言ってわっはっはと声を上げて笑うひ神様に、天ちゃんは「ナルシストかよこの野郎」と密かに思ったとか思ってないとか。


 と、そこで天ちゃんは違和感を覚えた。

「失礼を承知で伺いますが、ひ神様って、性別何でしたっけ?」

「お前のその偶に出る中途半端なタメ語嫌いじゃないよ。」

「好きでもないんですね。」

「そだねー。」

なんたる失態。そのせいで話を逸らされてしまった。


 しかし、天ちゃんは引かなかった。いつもならここで引くであろうチキン……臆病……命を大切に生きる判断をする天ちゃんは、もう一度聞いてしまったのだ。

「一人称は『私』ですけど、女とはとても思えない言動、そして口調。今のご時世ジェンダーレス。つまり男では? と思っているのですが、そこんところ?」

「それ矛盾してない? ご時世ジェンダーレスなら女でも女と思えない言動してもいいだろ。」

「……。」

勝者、ひ神様。


 黙ってしまった天ちゃんに、その神様は愉快そうに口角を上げて、それから画面に目を戻した。まだ笑ったままである。しかし、そのきれいな顔はすぐに不愉快そうに歪んだ。


「は? なにこの女自殺してやがる。」

自殺というか、自爆というか。愛する彼ピッピ(ソウキは否認)を殺したヒトハの持つ、あかいろの剣に向かって走っていき、そして死にかけているキノネ。


 ひ神様は、その少女に向ける嫌悪感の籠もった視線を隠そうとはしなかった。その機嫌の急降下に、天使たちは汗だくになる。


 お願いだからひ神様の機嫌を損ねないでくれっ! 害を被るのはこっちなんだからぁっ!


 彼らの気持ちを代表すれば、そんなところだろう。


 ひ神様は、耳に手を当てた。よく見れば、そこには有線イヤホンが入っている。勿論のこと、白である。

「お〜い死神、あいつの魂は回収すんなよ? 自殺ってか自爆ってか、したやつだから復活させる。」

『御意。』


 少し口調の荒くなったひ神様に返答したのは、文脈からして死神なのだろう。しかし、言う程性格が悪そうではない。声音も、ただ純粋に神様に仕えている奴のものだった。そのことから、ひ神様の直属の死神だと推測していいだろう。


 その時だった。画面に映っているキノネがドロドロと、皮膚が、骨が、血が、目玉が液体状に崩れ、地面に吸い込まれていく。


 それは、グロいという言葉では表せない程の、異質な気持ち悪さだった。キノネをそうしたのは、無論ひ神様である。彼(彼女)は、身動きもせず、彼女をそんな姿にした。


 溶けている、人が。中途半端に原型を留めているせいで、余計にグロさが増した。人だと、認識できないくらいにぐちゃぐちゃだったら、それならまだ良かっただろう。けれども。


 数秒で、そこには赤黒く錆びた剣だけが残った。その前で、ヒトハは呆然としていた。


 そして、その呆然としたヒトハを、ひ神様は笑って見つめていた。

「優勝候補が聞いて呆れる。」

「言わないであげてください。」

「天ちゃん、それ、地味にヒトハのこと貶してる。」

それにしても。ひ神様は、生き返り溜め息を吐いているキノネを一瞥した。


 そして、ソウキとヒトハのことを思う。

「あの二人が絆されるって、なかなかやるよね、キノネって。」

「ひ神様って、キノネさんのこと嫌いなんですか。」

「嫌いっていうか、これは、」

言いかけて口を噤んだひ神様に、「それ一番気になるやつですよ!」と思わず突っ込んでしまった。


 「あっ、やば。」そう思うも時すでに遅し。天ちゃんは、そ〜っとひ神様の顔色を伺うも、そこに怒気はなかった。

「なに、あれ……。」

その代わりに、驚愕が浮かんでいた。


 見てしまったのだ。ひ神様は、永遠に大鎌を振り回し続けるキノネを画面越しに。自分の身長を越えるそれを、振り回すなんて馬鹿がすることだ。しかし、彼女は疲労を特別ドリンクを飲むことで復活していた。


 永遠ループを見てしまった。


 疲労は回復すると言っても、体に蓄積する痛みは治らない。慣れない鎌を扱うその手は、絶対に痛い。そして、体を支える足も。


 それでも、彼女は手を止めない。まさかこれは、この短時間であの大鎌を使いこなせるようになろうとしているのか。


 そんなまさか。


 神は苦笑いを浮かべた。整理しきれない情報に、笑うしかなかった。


 どうやら、キノネという少女は意外と脳筋らしい。そうでなければ、普通こんなことしない。バカだと貶すべきなのか、その忍耐力と根性を褒め称えるべきなのか。


 ひ神様は分からなかったが、自分の口角が上がっていることに気づいていた。緩む頬を、抑えきれなかった。溢れた声は、それはもう、苦笑ではなかった。久し振りにこんなに驚いたということと、そう驚かせたのがキノネだということに、口端からこぼれ出るそれを気にしている余裕なんてなかった。


「なんだよ、あれ。」


 ひ神様は、キノネがスマートウォッチもどきを持っている理由を理解した。知らぬ間に、彼女に興味を持ち、共感してしまう。目が離せなくなる。


 嗚呼、どうして。


 ひ神様は知っている。彼女が、きっとこの戦場で生き残ることはないのだろうと。それは、どれだけ武道を極めたって、同じことだ。


 しかし、キノネが生き残れば楽しいだろうなと思った。


 ひ神様は、天ちゃんを見る。この子は、スマートウォッチもどきを持っている方が有利だとでも思っているのだろう。けれど、持っている人は大抵生き残れない。残念だけど。


 キノネはそのうち死ぬだろうなと、予想しながらも、生き残ってほしいとひ神様は柄にもなく思った。

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