第17話 気付いてしまった

 キノネは、それを掴んだ。そして、立ち上がる。自分の背丈より長いそれに、少しグラつきながらもしっかりと両足で踏み込む。


 キノネの好きなキャラクター、千尋が持っていた武器は大鎌デスサイズだった。


 死神の持つ鎌という中二心と、千尋の操った鎌というオタク心の二乗で、キノネは浮かれていた。無理もない。


 決して、大鎌は軽い訳ではない。それなのに、なぜ彼女が軽々と持てているのか。


 それは、明らかなる興奮だ。まぁ、彼女がそれなりに力持ちだということもあるのだが。


 とにかく、キノネは浮かれまくった。もしこれがアニメや漫画であるのならば、彼女の周りにはお花が飛んでいるであろう程に。だから、馬鹿になっていたのだ。いつもの彼女であれば、きっとこんなことしなかった。


 キノネは、持ったそれを数回振り回す。思いっきり振り上げて、それを限界まで振り下ろし、またそれを自然な流れで上に上げる。ゲームで幾度も見た動きだ。


 それを、夢中になって何度も繰り返す。振る度に、鎌が自分と一体化していくような気分になる。ゲームでは完璧を目指す攻略厨のキノネは、振り回す度に高揚感が全身を襲った。


 楽しい! もっとやりたい!


 言うならば、この時キノネは正気ではなかった。ハイになっていたのだ。許してやれ。そういうことで、キノネはずっと振り回し続けていた。


 しかし、限界は来るもので、ふとある瞬間、キノネはぶっ倒れた。寝転がると、今まで気付かなかったが、相当な疲労がキノネに溜まっていた。


 体中が痛い。そして、しんどい。つらい。だるい。肩で息をする。見上げた空には、太陽がなかった。ただ、突き抜けて青い空が、明るさを生み出していた。太陽がないというのに、昼間の様に明るい。


 どうして、今まで気が付かなかったんだろう。キノネは、不思議に思った。当たり前にあるはずのものがなかったのに、それに気付けなかった。それが悔しかった。


 太陽のない空は、違和感があった。


 ふと、ソウキに言った言葉を思い出す。


『だから、日常っていうか、当たり前にある幸せを見失わないように、大切に生きてきました。』


 それで、このざまだ。笑ってしまう。なにが、『当たり前にある幸せを見失わないように』だ。太陽がないことにさえ、気付けなかったというのに。


「はぁ~~。ふぅ。」


 深く、深く息を吐く。自分の中にある空気全てを吐き出すように、自分の嫌なところを自分の中から追い出す気持ちで思いっきり吐いた。


 天使の、疲労回復ドリンクの話を思い出す。その人が欲しいタイミングで各天使が配布しますなどと言っていたが、全然来ねぇじゃねぇか。


 祈らないといけないのだろうか。キノネは、親子丼の時のことを思い出す。鮮明に思い浮かべないといけないのかもしれない。そうだとすれば、天使の説明不足では? そして、これは嘘では?


 ちなみに、キノネはまだ説明されている方だということを知らない。これからも、知ることはないかもしれない。キノネは、言うならば恵まれている。しかし、彼女はそれに気付かない。


 恵まれていることに気づきたいと言ったキノネだが、比較対象がなければ、本当に恵まれているということには気が付けない。人と比べなければ、自分が優れているのかが分からないからだ。


 別に、キノネは嘘を吐こうとしてああ言った訳ではない。本当に、小さな幸せを見逃さないように生きてきたのだ。


 けれど、『本当に大切なものは失って初めて気づく』という言葉があるように、どう足掻いたってどうしようもないこともあるのだ。


 そういうことで、キノネは疲労回復ドリンクを思い浮かべる。しかし、キノネは生前に栄養ドリンクなどは飲んだことがない。故に、まともに見たこともない。つまり、ただ『疲労回復ドリンク』という字面だけが頭をぐるぐる回転した。


 こんなので、本当に疲労回復ドリンクが届くのだろうかという不安ではある。しかし、これ以上に良い方法がないので、ひたすら脳内で『疲労回復ドリンク疲労回復ドリンク疲労回復ドリンク疲労回復ドリンク』と、バグりそうな程に唱えまくった。


 すると、寝っ転がっているキノネのおでこにゴツンとその小瓶が降ってきた。

「いっ!」

思わずキノネはおでこを抑えてゴロゴロ転がって藻掻きまくる。流石に痛かったようだ。


 しばらくして落ち着いた頃に、キノネは落ちたはずの小瓶を苛立ちながらも探し始める。少しすれば見つかるそれに、キノネは赤い怒りマークをおでこに浮かべた。


 憎たらしい茶色のそれを見つめる。そこで、燻っていた怒りよりも、疲労が勝ってきた。流石にだるいので飲んで回復したい。


 キノネは、ふらつく体を抑え、瓶を開栓して、一気に喉に流し込んだ。

「…………うぇ、まっっっっず。」

しかし、めちゃくちゃ不味かった。苦いピリピリとした感触が舌に残っている。良薬は口苦しというから、効き目はいいのかもしれないが、これは不味すぎる。


 苦いし、吐くような気持ち悪さがやってくる。今すぐ胃の中をひっくり返したい。センブリ茶ってこんな味なのだろうか。芸人さんには心底同情する。でも、お茶ないのが苦しい。


 急いでほうじ茶を思い浮かべる。キノネの一番好きなお茶はほうじ茶だからだ。すると、赤い水筒に入ったお茶が降ってきた。


 またもやキノネはそのお茶を流し込み、口の中の苦味を薄める。あ〜、お茶は神。ここにいるらしい神様よりも神かもしれない。と、罰当たりなことを考えた。


 そこで、キノネはやっと体が軽くなっていることに気が付いた。そして、キノネはとあることにも気がついてしまった。


「これ、鎌を振り回しまくって、疲労回復ドリンク飲んで、それを繰り返せば最強になれるんじゃない?」


 そう気付いてしまった時から、キノネの地獄は始まったと言っても良いだろう。

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