第15話 デフォルメされたリトルキノネ
「ヒトハさん。」
キノネが発した自分の名前に、ヒトハは戸惑った。それは、優しさと慈しみのこもった声で、彼女が何故そんな声で自分を呼ぶのかが分からなかった。
敵同士であるはずなのに、自分にあたたかい笑顔を向ける。意味が分からない。それに、戸惑っている自分も分からない。戦意喪失しそうになっていたことに気が付いたヒトハは、持っている剣を握り締めて、気を引き締めた。
「協力しませんか?」
ほろりと、その言葉に心が溶けそうになった。何故かは分からない。けれど、ヒトハはキノネが自分と協力したいと思っていることが、嬉しかった。どうしてだろう。敵同士であるはずなのに。ヒトハは、そう思わずにはいられなかった。
でも、ダメだ。だって、どうせ生き残れるのはどちらか一人なのだから。
「協力、できない。だって、生き残れるのは、一人だけだから。」
首を振った。心は痛かった。じくじくとした苦しみが私を蝕んでいくようで、泣きたかかった。
どうしてだろう。私を捨てた両親のことを考える時と、同じいたみがする。彼女を捨てようとしているのは、状況的に私なはずなのに。
「私は、死んでもいいんですよ。」
その声は、ヒトハ何かを斬り裂いて、耳に届いた。その言葉に顔を上げる。そこで、ヒトハは自らが気付かぬうちに俯いていたことに気が付いた。
死んでもいいって、なんだ?
死んでもいいって、なんだ。
キノネは、願いを叶えてもらう為に、このデスゲームに参加している訳ではないのか?
そんなヒトハの疑問を見透かしたように、キノネは喋り始める。
「私、人に殺されるのはすっごくムカつきますけど、自殺で死ねるならいいんですよね。」
「は? 自殺って無理でしょ。」
思わずピシッと言い返してしまうヒトハ。キツイ言い方のように感じるが、キノネはその返答を推測していたのか、特に動じることもなく自分の考えを話し始める。
「自殺って言っても、抜け道みたいなのはあると思うんですよ。」
「……抜け道?」
キノネは軽く頷く。
「例えば、ヒトハさんがその剣を持っていて、私がその剣に突っ込むとします。」
ヒトハは、そのシーンを想像した。かわいくデフォルメされたリトルキノネが、これまたかわいくデフォルメされたリトルヒトハが持っている剣に向かって走っていく。そして、その剣はリトルキノネにぶっ刺さる。しかし、デフォルメされているせいか血は流れず、キノネは生きていた。
「ウン。」
「なんですか、その分かってそうで分かってない『ウン』。」
「分かってるヨ。」
「ちょっとふざけてますよね。」
ヒトハは、キノネの言う通りすこしふざけていた。目は少し上を向いている。
「話を戻して、この場合、私は自殺したつもりですが、客観的に見ればヒトハさんが私を殺していますよね。」
「いや、客観的に見ればキノネが自爆してる。」
「……システム上はヒトハさんが私を殺したことになるんじゃないですかね。」
「やってみないと分かんないね。」
パチリと目を合わせる二人。今日何度か目の沈黙は、「一回、試してみませんか?」というキノネの提案ですぐに霧散した。
「じゃあ、ヒトハさんは剣先を私に向けて、動かないでください。」
そう言うキノネに頷き、ヒトハは言われた通りにした。もし、この方法でキノネが死んでしまったらどうしよう。なんて考えている自分が、もうキノネに絆されていることは気が付いていた。
勿論、勝ちを譲るつもりはないのだけど。ヒトハは、赤い剣を握り締める。その刃には、ソウキの血がこびりついていて、それをキノネを殺すことに使うことは躊躇われた。
なぜだ。今まで、こんなこと考えたことがなかったのに。なんて、一応自分に問いてみるも、答えなどわかりきっている。
ヒトハは、木に当たらないように後ろを見ながら下がっていくキノネを見る。普段のヒトハなら、このタイミングで彼女を殺してしまっていた。
それなのに、この女に妥協している自分がおかしくて、ヒトハは思わず笑ってしまいそうだった。そんなことをすれば、キノネに変な目で見られるから、抑えたけれど。
彼女を殺すことが嫌な訳ではない。どうせ、全員殺すのだし、元々全員死んでいる。
剣を構えた。キノネが、そこに走っていくのを眺めた。前髪が乱れた彼女の顔は、あどけない子供の顔だった。明るく、利発そうな子供の顔だった。
思ったより『いい顔』をしている彼女に、ヒトハはぼんやりと「もったいない」と思った。今の顔じゃあ、前髪で額が隠されているせいで、若干暗く、大人しそうに見えてしまう。
それとも、わざとなのか。
そう考えた時には、キノネはもうそこまで迫っていた。剣先は、彼女の心臓部分に突き刺さり、そしてそのまま貫通した。息を吸う音と、吐き出す音が混じったような、不快な音が聞こえて、キノネの顔を見た。
その顔にあった生気は、急速に失われ、血の通って健康的な明るい肌は、青暗く変わっていった。たった、一瞬のことだった。即死、なのだろうか。
赤い剣が刺さった心臓部分からは、血がボトボトと流れ出ている。しかし、剣の刃が流血を止めているのか、溢れ出るようなことはなかった。
キノネはその場で崩れ落ち、その勢いでヒトハは剣を落としてしまう。バサリ。重みのあるものが落ちた音がした。
ヒトハは、迷った。この剣を、抜くべきか、そのままにしておくべきか。
キノネは、自殺することを望んでいた。この剣は使いやすかったが、このままにするのが、彼女の意思を尊重することになるのだろうか。
今まで殺してきた奴らに、こんな気遣いなどしたことはなかったが、趣味も合うし、彼女のことは嫌いではないし。死んでくれたのだから、少しは妥協してあげようか。
それにしても、呆気なかった。彼女は死んでしまった。もう二度と、キノネと出会うことはない。そして、彼女とゲームの話ができることもない。そのことに、少しの淋しさを、感じ……。
どろり。
ヒトハは目を見開いた。そしてしばらく、その場から動けなかった。
どろり。
キノネの死体は、残っていなかった。
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