第14話 相思相愛

 なんとなく、殺意のようなものを感じて。振り返れば、既にそこまで刃物が迫っていて、死を待つしかなかった。


 その時に感じたのは、何だったのだろうか。絶望だったっけ。ソウキは、沈みゆく意識の中、自分が死ぬということを理解しながら、今までの人生を思い返していた。


 これは、走馬灯だろうか。しかし、走馬灯とは、急な事故などに対処する方法を記憶の中から探し出す為に、頭の回転を速めて昔の記憶を辿ることで見るものらしい。どこかのテレビで見たことがある。きっと風景がスローモーションに見えるのは、そのせいだろう。


 もう手遅れだと理解しているのに、走馬灯を見るということは、俺はまだ生きようともがいているのか。不可抗力とはいえ自殺した者が生きようとするのは、なんだか変な話だ。


 ソウキは、自嘲気味に笑おうとした。けれど、そんな余裕はなかった。自分を殺そうとする刃は、すぐそこまで迫っていた。


 何故、俺を好きなはずのヒトハが自分を殺そうとするのは分からない。でも、ヒトハはイカれてるから、そのくらいはするかもしれない。


 そこで、疑問を覚えた。何故か、忘れていた。大嫌いなはずの女、ヒトハを前に、恐怖を感じなかったことに今、気が付いた。なぜだ。


 ヒトハとキノネの会話を思い出す。いつの間にか二人は意気投合していた。あの時のヒトハは、普通の女性のようだった。ソウキを監禁していた時とは、百八十度変わって見えた。


 あの時は、狂った人間としか思えなかった。しかし、今考えれば、彼女も普通の女性だったような気がする。あれは、愛されたいが故の行動だったように、今更ながらソウキは感じた。


 きっと、寂しかったのだ、ヒトハは。


 いつも、愛に飢えているような女だった。それは、何故だろうか。彼女は、俺には敵わないが顔が良い。愛をくれる人はたくさんいただろうに。


 ソウキは、不思議に思った。しかし、ふといつかぼんやりとした意識の中で聞いた、彼女の過去を思い出す。興味がなかったから、聞き流していた。そのため、今の今まですっかり忘れていたが、確か彼女は孤児だった。


 家族が欲しいと、度々ぼやいていたのはそのせいだったのか。彼女の言動から、思い返してみれば、どうやら親に捨てられたらしかった。


 それなら、自分を監禁したことは仕方ない。なんて言える程、器が大きい訳ではないし、あの行為は決して許せるものではない。


 けれど、思うのだ。もし、ヒトハと普通に出会っていれば、ヒトハが俺に変に執着しなければ、俺を傷付けなければ。


 その時は、俺たちはどうなっていたのだろうか。


 ソウキは、思わずそう考えてしまった。そして、思い出す。一度、キノネとヒトハを重ねたことを。あれは、確かキノネの家庭事情を聞いた時だった。


 あの時は、何故、少なからず好意を抱いている少女と大嫌いな女を重ねたのか、全く分からなかった。似ていると思ったことを、キノネに詫たい程の最悪な女だったのに。


 そこまで考えたところで、ソウキはなことに気が付いてしまった。


『俺は、別にキノネのことが恋愛的に好きな訳ではない。』


 キノネのことが好きなことに気が付かないようにしていたのに、好きではないことに気が付くって、一体何事なのだろうか。しかし、気付いてしまったのだ。本当に、最悪なことに。


 多分、俺はヒトハという女が好きなのだと。そして、それを認めない俺は、死んでからどこかヒトハと似ているキノネに、無意識下に好きだと自分の脳を誤魔化していたのだ。多分。


 笑える。自嘲気味に笑おうとして、また失敗した。時間が、本当にゆっくりと流れていく。そして、首に当たるひんやりとした鋭い感触が、ソウキを断罪するかのように、首の皮膚にのめり込んでくる。痛いと、感じなかった。アドレナリン的な物質のお陰だろうか。


 自分の体が傾いていく。抵抗する気はもうなかった。ヒトハになら、殺されてもいいと思った。これが、人を好きになるということか。


 愛してあげたかった。守ってあげたかった。もう、無理だけど。愛されたかった彼女を、愛してあげたかった。


 ふと、ストックホルム症候群と言う言葉が頭をよぎる。これは、加害者に共感し、味方してしまう被害者の話だったっけ。俺のこの気持ちは、ストックホルム症候群なるものではない。


 そんなものではなくて、これは。


 目がチカチカして、まともに働かない。けれど、影が差したことは、なんとなく分かった。まだ動いている耳が、音を聞き取る。ヒトハの声だった。


「ねぇ、ずっと愛してるよ。ずっと一緒に居ようね。だから、ちょっと待っててね。」


 いいよ。いくらでも待ってあげる。


 そう思った自分が、信じられなかった。けれど、それが本心だった。


 次は、愛してあげよう。大嫌いな彼女を。ソウキは、そう思って、段々と薄れていく意識の中、好きなひとの顔を鮮明に思い描いた。


 笑っていてほしい。


 そう思う。もし、来世があるならば、彼女は優しいお母さんとお父さんに、等しく大切に愛されますように。そう、願った。


 それが、生き残った後の願いであれば、多分、神様に叶えてもらえたのだろう。ソウキはここで死んでしまうことを、そういう意味で無念に思った。


 せめて、彼女の死んでから死ぬまでの、ほんの少しの限られたが、幸せでありますように。


 笑えたかどうかは、分からなかった。

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