第13話 似た者同士

 ソウキは、キノネとヒトハを前に呆然としていた。口をポカンと開け、目をまんまるにしている。


 気が付けば、大っ嫌いな女が自分の側にいて、かわいい少女に嫌いだと言われ、険悪だったはずの二人の仲が、いつの間にか意気投合して仲良くなっていた。


「ナニコレ。」

呟いたソウキの声は、誰にも聞こえなかった。


「やっぱりギャップが大事なんですよ!」

「えぇ、特に、あの真面目不良とかは最高よね。」

「ですよね! それで、実は女慣れしていないムッツリだったらもっと良くないですか?」

「そう? 私はお母さんを大切にしている人かな。」

「分かります! あとは、クール系男子が自分だけに見せるデレとか。」

「クーデレね。あれは最高よ。ツンデレじゃないの。クーデレなのよ!」


「あの、笑わないクール系男子の中毒的なアルカイックスマイルとか。」

「アルカイッ……なんだっけ。」

「アルカイックスマイル。両方の口端だけを上げた笑みです。」

「成程。知らなかったわ。」

「もう、さいっこうですよ。」


 俺は一体何を見せられているのだろう……。ソウキは、目の前で展開されている恋バナについていけなかった。


 なんなの? こいつら。ちょっと前までバチバチだったじゃん。なんでこんなに仲良くなってるの?


 ただいまのソウキの心情は、そんなところだろうか。そして、気になっている子からの嫌い発言と、その子の好きなタイプが、自分とは真反対のタイプだったことから失恋が確定し、ショックで体育座りをした。


 全身からきのこを生やす勢いで、ジメジメと如何にも落ち込んでますアピールをするソウキ。しかし、盛り上がっている二人はそれに気が付かない。なんとも哀れだ。


 しばらくその話題で話し込んでいた二人だったが、段々その熱は引いてきた。結局、「取り敢えずあのゲームを作り出す運営は凄いよね」に落ち着いて、その場には沈黙が横たわった。


 我に返ったと言うべきか。本来は敵同士であるはずなのに、何故ここまで仲良くお喋りしているのだろうか。


 ヒトハは、自分が信じられなかった。


 キノネのことが、大嫌いなはずだった。なのに、何故、私はこのちんちくりんと仲良しこよししているのか。


 分からない。けれど、まぁ、どうでも良かった。どうせ、私以外の全員殺すことには変わりないのだから。


 ヒトハは、偶々そこに落ちていた剣を拾った。比較的軽く、振り回しやすく細長い、柄の赤い剣で、ゲームによくあるようなものだ。そして、五メートル程の距離が離れた場所に座り込んでいる警戒心ガバガバの男、ソウキに近付いた。


 キノネは、一体ヒトハは何をしようとしているのだと、怪訝そうにその行動一つ一つに注目する。ゆっくりとソウキの背後まで歩くヒトハに、なんとなく見当がついた。


 赤い剣を持ち直し、それに力を込めたように見えた。キノネは、彼女が何をしようとしているのかが分からない程、鈍感ではなかった。だから、木に当たらないように気をつけながら数歩後ろに下がった。


 すっと、音もなく振り上げられた剣が、そのまま狙いをつけたところに真っ直ぐ軌道に沿って振り下ろされていく。


 キノネは、何も言わなかった。けれど、なんとなしに気配を感じたソウキは振り返る。


「ああ゛______」

 

 しかし、もう遅かった。ズサ、というような肉が裂ける音がして、ソウキの首が変な方向に曲がった。その一瞬の間、断末魔を上げるソウキの声は、とてもじゃないが聞いて気持ちの良いものではなかった。


 てっきり、ゴロンと頭が転がり落ちるのかとキノネは思っていたのだが、剣に重みがないせいでそれ程までのダメージが与えられなかったみたいだ。


 キノネからは、彼の顔が見えなかった。死に際の彼も、綺麗な顔をしているのか、気になりはしたが、それだけ。


 きっと、ソウキという男は、死ぬ時も綺麗な顔をしているのだろう。


 それはそれで腹が立つけれど。最後くらい、人間味のある、不細工な顔をしてほしいものだ。


「そうきくん。」

ヒトハという綺麗な女は、ソウキの耳元に口を当てた。力をなくしてぐったりと倒れ、首から明らかに致命傷と分かる、みずみずしい赤黒色の、おびただしい量の血が流れる彼の体は、未だにピクリと時偶痙攣している。


「______。」


 ヒトハの口が動くが、何を言っているののかは聞こえなかった。彼女が口を閉じた時、計ったように痙攣がなくなり、ソウキの体は微動だにしなくなった。


 明らかに絶命したと、素人目でも分かった。


 何故、愛しているはずの男を殺したのか。


 ヒトハの姿を見て、そう疑問に思う。しかし、それとも愛ゆえなのかと思い直した。


 いき過ぎた愛は人を殺す。それは、考えれば分かることだった。『あい』なんて聞けば、綺麗な暖かいもののように感じる。けれど、その実はドロドロとした、黒く黒く、醜いものだった。


 死んだと言うのに、未だに血が固まらずに流れているソウキの体を見た。首から流れる血は、肩を通り地面に赤い染みをつくっている。こう見れば、愛は血に似ていた。


 ドロドロとしていて赤黒く、そして醜い。けれど、その醜いものも、生きる為には必要で、それが体を流れているうちはとても綺麗で大切なものなのだ。


 ヒトハが、キノネを睨んだ。黒く丸いかわいらしい目は、何を考えているのか分からなかった。


 しかし、キノネはその瞳を見て理解した。彼女は私を、殺すつもりなのだと。


 ヒトハがソウキを殺している間に逃げていれば良かったのかもしれない。キノネはそう後悔した。愛する人をも殺せる人間が、そうでない人間を殺すことを躊躇う訳がないだろう。


 このままでは自分が殺されると理解したキノネは、瞬時にどうすれば生き残ることができるのかを考える。時間はあまりない。その中で浮かんだ選択肢は、『戦う』『逃げる』『仲間にする』だった。


 戦うのは、恐らくこっちの圧倒的不利。何故なら、運良くリーチの長く、それでいて振り回しやすい剣を手に入れたヒトハと、使えない銃と、油断や隙をつかなければ殺すことのできない果物ナイフ。


 その上、ヒトハには殺人を犯すことに躊躇がない。勝敗は火を見るよりも明らかだ。


 なら、逃げるのか。しかし、この木だらけの場所を駆け抜け、逃げ切ることができるのか。キノネは、ヒトハに悟られないように視線だけを動かし、さっと周りを確認する。


 無理だな。キノネはそう判断した。ということで、消去法でが残る。


 ヒトハに仲間になってもらえるのか。そんな不安をかかえながらも、もう他の道は望めない。キノネが考え事をしている間に、ヒトハがキノネまで、もうあと三メートルというところまで近づいていたからだ。


 この距離では逃げられない。戦うにして、ナイフは接近戦ではあるものの、剣の方がリーチが長く有利。


 とすれば、仲間になるよう説得するしか、生き残る方法はないのだ。キノネは、腹を決めて声を上げた。

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