第12話 共通の趣味
ヒューと風が吹いて、キノネの前髪を乱した。キノネは、慌てておでこに手を当てて風にさらわれた前髪を押さえる。女子にとって、前髪とは命である。加えて、彼女は自分の顔がコンプレックスであった。
顔が子供っぽいのだ。童顔という訳ではない。どちらかというと、あどけなく、そして気が強そうに見えてしまう顔だ。キノネは、少しでも自分の顔を大人っぽく見せようと、前髪をつくることで顔の三分の一が隠れ、子供っぽさは多少だが払拭された。
キノネは、風がやんだタイミングで手を離し、それから手櫛で前髪をちゃちゃっと整えた。ふぅ、と胸を撫で下ろし、風を恨んだ。本当に鬱陶しい。風とか吹かないで欲しい。
そこでふと、自分の姿が気になり、鏡が欲しいなと思って辺りを見渡した。しかし、こんな木ばかかりのところに鏡などあるはずもない。
見渡す限りの木、木、木。
右に木、左に木、前に木、後ろにも木。
そこで、ようやくキノネは自分たちがこの山に迷い込んでいることに気が付いた。それまで、隠れる場所を探すことに必死で、迷っている可能性なんて考えもしていなかった。
高鳴る心臓を手で押さえる。大丈夫だ。なんとかなる。キノネは振り返って、自分の後ろを着いてきているソウキに声をかける。
「あの……私たち、迷ってません?」
その言葉を聞き、初めはキノネが何を言っているのかが分からず反応が遅れたソウキ。しかし、じわじわと言葉の意味を理解し、周囲に目をやったソウキは、目を見開きガチガチに固まった。
キノネは、そんなソウキの様子を見て、「やっちまった」と思う。しかし、そんなことを思ったって問題が解決する訳ではない。取り敢えず、キノネは打開策を考えることにした。
山で迷ったときは、水の流れる方向に歩いていけば下山できると聞いたことがある。しかし、この方法は変な場所に迷い込んでしまう危険があるらしい。一番良いのは、連絡して助けを求めて、その場から動かないことらしいが、この場には助けてくれる人なんていない。
マップを見れば、何か分かるだろうか。そう思ったキノネは腕時計のマップを開く。しかし、自分のいる場所は山の中だと言うことは分かるのだが、如何せん自分の向いている方向が分からない。振り返ったせいでどちらが前、もしくは後ろだったかさえもあやふやになってしまった。
下手に動けば状況は悪化する。どうすれば良いのか。キノネたちが頭を抱えた時だった。
「そーうきくん!」
デスゲームには場違いな、心底楽しそうな声で、ソウキの名前を呼ぶ女がその場に現れたのは。
その女の顔は、口の端が釣り上がった、不自然なまでの綺麗な笑みだった。明るい腰まである長い茶髪で、目は丸く大きく、小顔。明るい雰囲気で、世の中の『かわいい』を詰め込んだような容姿だ。アイドルだって目じゃないだろう。
しかし、美しい彼女は、キノネをその目に捉えると、ストンと感情が抜け落ちたような無表情になり、「お前、誰?」と低い声でキノネに問いかけた。
キノネは、突然現れた、これまた綺麗な顔をした女に戸惑うも、ソウキさんの名前を呼んでいたことから、その知り合いかと納得する。しかし何故、私に敵意を向けているのか。
考えること約三秒。キノネはハッとした。
「ソウキさんの彼女さん?」
そして、心中した系の恋人? もしかして、私に嫉妬している?
そう考え、発言したキノネに、綺麗な女は頷いた。
「そうそう。だから、おこちゃまは散ってくれる? そーきくんはお前なんか眼中に無いんだから。」
このちんちくりん。そう言外に言う女にキノネは腹が立った。ふつふつと込み上げる怒りをお得意のポーカーフェイスで隠しながら、女の体を見つめる。何がとは言わないが、ご立派なお山をお持ちなもので。
そして、自分のものを見て地味なショックを受ける。大丈夫だ。私はこれから成長するんだ。あんなボン・キュッ・ボンな奴に負けないくらいにな!!
キノネは、自分にそう言い聞かせた。しかし、彼女のそれが成長することはもうない。何故なら、キノネは死んでいるからだ。まぁ、最後まで生き残って願いを叶えてもらう時に、「私の体を立派にしてください!!」なんてお願いすれば可能かもしれないが。
それはさておき、彼女が怒っているのはそれだけではない。
「あの。」
「なに? お子サマ。」
嫌味ったらしく笑いを含んだ声で返事をする女に、キノネは死んだ目で返した。
「私、別にソウキさんのこと好きじゃないんですけど。逆に、嫌いなんですけどこのクソナルシスト。」
酷い言い草である。ソウキはもらい事故。ソウキもキノネ同様、目が死んだ。
そう。キノネは、自分がソウキのことを好きだと勘違いされたことに怒っているのだ。
ソウキは、言ってしまえば今までなんの役にも立っていない。ただただキノネについていっただけである。つまりは役立たず。顔が良くても、役に立たないのならいらない。
それに、キノネの好みはダーク系である。ミステリアスで、ちょっとアブナイ雰囲気の男が好み。つまり、爽やかイケメンはお呼びでない。
「は? ソウキはイケメンに決まってんじゃん。世界の常識だろ?」
しかし、その発言は女の怒りを買った。よく考えたら当たり前のことである。好きな人のことを貶されて怒らない奴はいない。いるとすれば、そいつは最低だ。
眉を上げ、嫌悪感を隠そうともしない女に、いや、わざと『怒ってます』アピールをする女。美人は怒れば怖い。
しかし、こんなところで怯むキノネではない。「は? 何を言っているんですか?」と反抗した。
「世界一のイケメンは
声を大にして叫ぶキノネ。いや、違うそうじゃない。
しかし、女はピクリと反応した。
「あんた、奥山千尋を知ってんの? あの、『新世界のフレイド』の!」
キノネに張り合う声を出し、叫ぶ女。おっと、これはまさか。
「ええ! めちゃくちゃ格好良すぎますよね!」
「あのゲームは最高よ! ってか、あれ、認知度低いのに、あんた知ってんのね。名前は?」
「キノネです!」
「私はヒトハ。よろしく。」
オタクの邂逅のようだ。
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