第9話 夏のカレーと冬のシチュー

 険しい山道が続く場所で、呑気にご飯を食べている、楽観的な奴が二人。一人はカツ丼を食べていて、もう一人は夏野菜カレーを食べている。こいつらは言わずもがな、キノネとソウキである。


 ご飯のシステムを知らなかったソウキだが、キノネから教わることにより、美味しいご飯を頂けるようになった。キノネ様々だ。


 ふと、キノネはソウキの夏野菜カレーをじっと見つめた。人参、トマト、じゃがいも、ほうれん草。たくさんの具材が入っている。中々に美味しそうだ。その視線に気が付いたソウキは、キノネからカレーを守るように、体で覆う。


「なんだ? 俺のCurry and riceはあげねぇぞ?」

「無駄に発音良いの辞めてもらえます?」

「は? 無駄とはなんだ無駄とは。今の社会、英語喋れねぇと生きていけねぇぞ。」

「私たち、もう死んでますけど。」

「確かに無駄だった。ごめん。」

ツッコむキノネと謝るソウキ。コントのようなやり取りだ。とてもデスゲームの最中とは思えない。


 ちなみに余談だが、キノネは英語が大の苦手である。学校で日本人の先生が授業で英語を喋る時、いつも「日本語喋れや。」と思っていた。


 勿論、外国の方には思わない。コンビニで働く外国の方に絡む馬鹿は許せないタイプだ。日本人のくせに流暢な英語喋んなよ、みたいなところである。英語を喋る全ての日本人に謝れ。まぁ、言ったことはないのだが。そもそも、イギリスが植民地つくりまくらなければ……!


 こんなこと思っている時点で、キノネも大概である。


「それに、私はソウキさんのカレーが欲しい訳じゃありません。」

この人とか言ってるけど、ご飯のシステムを教えたの私なんだけどな。キノネは心の中で苦笑した。勿論のこと、顔には出していない。

「あ、そうなの?」

キノネのその言葉を聞き、ソウキはホッとしたように姿勢を元に戻した。


 そんなソウキに、この人どんだけカレーが好きなのかとキノネは疑問に思った。ちなみに、ソウキは一週間に一回はカレーを食べていた。カレー大好き人間である。


「カレーって、夏も冬も食べるのに、シチューは冬しか食べないのはなんでだろうって、疑問を感じただけです。」

「確かに、言われてみればそうだわ。」

私の発言に、「今まで気付かなかったよ。」としみじみ言うソウキさん。

「これが、失ってから気がつくというやつでしょうか。」

「いや、多分ちがう。」

「でも、死んでから気付いたじゃないですか。」

「それとこれとは違うんだよ。」


 キノネは、『大切なものは失ってから気が付く』という、名言のようなものを思い出した。


「私、そうならないように生きてきました。いや、生きたと思います。」

唐突に喋るキノネに、ソウキは首を傾げた。

「何がそうならないように?」

「大切なものを失ってから気が付く人間になりたくないってことです。」


 こいつ、急に語り出したな。と、ソウキの顔は言っていた。それをキノネが見逃すはずもなく、こいつ、私みたいにポーカーフェイスできないのかな。結構失礼だぞ。と思っていた。


「だから、日常っていうか、当たり前にある幸せを見失わないように、大切に生きてきました。」

しかし、それを指摘するのも面倒だったので、そのままにしておいて話したいことを話す。その声は、どこか堂々としていた。いや、実際に、キノネはそんな自分に誇りを持っているようだった。


 そんなキノネに、ソウキは羨みを覚えた。自分の生き方に、誇りを持っている。俺は、自分の生き方に、誇りを持てただろうか。

 分からない。


 最後なんか、地獄だった。思い出したくもない。生きるよりマシだと思って、死んだ。そんな俺が、自分に誇りを持てるだろうか。そんな訳がない。


 普通の顔で良かった。普通の頭で、普通の運動神経で。


 いや、いっそのことバカで良かった。顔だって、人の目も当てられないくらいの醜さでも良かった。信頼できる友達と、笑いあえたら、それはどんなに幸せだろう。


 手に入れられないものがあった。ただ、人より顔が、頭が良いだけで。


「俺は、普通の、顔で、頭で、生きたかった。」

それで、普通の幸せを、手に入れたかったんだ。そう言えば、キノネは軽蔑したような目を俺に向けた。

「私、貴方みたいな人間になりたくない。」

「エッ、ナゼに?」

「馬鹿だから。」


 え。ソウキは、今に言われた言葉を飲み込めず、ただ、「バカだから」というというキノネの声が、脳内で巡った。俺は、バカではない。だって、頭も良いし。ソウキは、好意のある女の子からの軽蔑するような視線と「馬鹿だから」発言でHP《ライフ》はゼロである。


「独断と偏見ですけどね。ソウキさんって、自分の顔と頭が大好きですよ。気付いてないんですか?」

「そんなわけ……。」

「じゃあ、自分の顔が妖怪以上に醜くて、頭は七✕五が暗算でできない馬鹿を想像してみてください。」

ないだろう。そう言おうとすれば遮られた。


 妖怪みたいに醜い。少し想像してみる。顔が凸凹していて、目の形が左右非対称で、大きさも違う。口は裂けているかのように大きい。


 そして、頭も悪い。


 それでも、優しい家族がいれば、大切な友人がいれば、


 本当に?


 そこまで考えて、そう思ってしまった。本当に、それでいいのか。というか、そんな自分を、他人は愛してくれるのか。


 分からない。ソウキは悩んだ。そりゃそうだ。自分の長所を捨てろと言われて、悩まない奴はいない。


 自分の長所がなければ、生きていけないように感じる。自分の武器がなければ、生きる意味などないように感じる。それが、人間だ。


 顔が悪ければ、やべえ女に執着されなかっただろう。あの生きているのか死んでいるのか分からない、精神的苦痛と物理的苦痛が同時にやってくる、地獄みたいな日々を送らなくて良かった。


 男から敬遠されて、嫉妬されて、友達ができない同性の友人ができないこともなかった。


 けれど、もしこの美しい顔がなければ。醜い顔であったのなら。それで、本当に幸せになれたのだろうか。


 ソウキには、分からなかった。もしそうならば、人に気持ちが悪いの罵られ、親に虐待され、クラスメイトにはいじめられたかもしれない。


 それと、生前では、一体どちらが幸せなのだろうか。


 分からない。分かりたくもなかった。


 自分は恵まれていたなどと、思いたくなかったから。

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