第10話 不平等であり不公平

「やっぱり、ソウキさんは自分を愛してる。」

心に入り込んでくるその声に、今度は頷くしかなかった。否定できなかった。


 どれだけ否定したくても、確かに幸せだったのだ。この顔と頭、故に苦しいことはあったけれど、それでも幸せだったのだ。


 最後は最悪な終わり方をしたけれど、それは仕方のないことなのかもしれない。恵まれすぎていたから、神様が平等を図る為にあの最悪をプレゼントしたのかもしれない。


 そう考えたソウキは、残ったカレーを大きめのスプーンでかき集めた。そして、掬って食べる。時間経過のせいで少し冷えてかたくなったものの、美味い。ソウキは、水分が少ないカレーの方が好きだ。これは、母親が作るカレーがそうだったからだろう。


 食べ終われば、お皿はみるみるうちに薄く透明になっていく。少し前なら驚いていたであろうソウキだが、空から親子丼が降ってきたのを見た後だったので、「まぁ、天界だし。」で納得してしまった。彼も、もう毒されている。


 キノネがどこまで食べ終わったのかが気になり、既に食べ終わっており、食後のデザートらしきクレープまで召し上がっていた。


おぉ、くつろいでやがる。


 それが、ソウキの心中しんちゅうである。少し引いている。それとは反対に、キノネは笑顔でクレープを頬張っている。こいつ、本当に自殺した人間なのだろうかと疑問を抱く程の明るい顔だった。


 そんなソウキの視線に気が付いたキノネがいちごクレープから顔を上げる。どうかした? そんな表情に首を振る。別に、何もない。ただ、君が自殺した人間のようには見えないだけ。


 それをどう受け取ったのか、キノネは首を傾げて言った。

「ソウキさんが何故自殺したのか、どんな生き方をしていたのかは知らないけど、人生って意外と平等ですよ。公平ではないけれど。」

自分が求めていた答えではなかった。そして意味の分からない言葉だった。


「人生が平等な訳ないじゃんか。あと、平等と公平って、意味、あんま変わんなくない?」

思わず口を出す。人生は不平等にして不公平だ。身分の差はあるし、体質だってある。お金持ちの家、貧乏な家。超健康体の人間、持病のある人間。不平等で、不公平じゃないか。


 その言葉に反抗するように、キノネも反論する。

「平等と公平は、違いますよ。例えば、食べ物で例えるとすれば、平等は全ての人に同じ量を分け与えること、公平は大人や子供、体格などによって、その人に適切な量を分け与えることです。」

「えっと?」

「平等だと、食べきれない人が出てきたり、足りない人が出てくるけれど、公平なら全ての人が丁度良い量を食べることができるということです。」

説明してもらっても、些細な違いが分かりにくいので、聞き返すと噛み砕いて教えてくれた。ありがとう。


「これでも、国語は得意なんです。」

ふん。と得意気に踏ん反り返るキノネがかわいかった。そして、そう思った自分に言い訳をした。これは、あれだ。親目線的な、アレだ。必死に、そう言い聞かせた。


「でも、根本的な問題は解決してないぞ。」

「え?」

「人生の何が、平等なのか。」

「人生の何がって、全てだけど。」

当たり前でしょ? そんな風に言うキノネにふつふつと怒りが湧いた。そんな訳ないじゃないか。


「人生は、不平等だ。お金持ちの家、貧乏な家。超健康体の人間、持病のある人間。不平等で、不公平じゃないか。」

さっき思ったことをそのまま言う。言葉にすると、不平等で不公平だと言う気持ちが強くなった。そうだ、平等な訳がない。


「お金もちであれば、絶対に幸せだと思いますか?」

そうすれば、冷めた声色で問いかけられた。キノネの目を見る。分からない。何を考えているのか分からない目をしていた。軽蔑の目ではない。期待の目でもない。何も映していないようで、全てを知っているようなその目が、怖かった。

「そ、うとは限らないけど。」

謎の緊張感で裏返った頭文字に、気付かれないはずはなかった。


「なら、両親が離婚していて、貧乏な子供は絶対に不幸だと言えますか?」

その声は妙に力強くて、ソウキはたじろいでしまった。

「絶対、とは限らないけど。幸せ、なのかな?」

おどおどと自分の意見を述べると、バッとキノネが勢いよく立ち上がる。それに驚いて仰け反ってしまったソウキは、咄嗟に地面に手をついてバランスをとった。


 そんなソウキにお構いなく、

「私は!」

そう、叫ぶように言った。怒りのような悲しみのような、そんな表情をしていた。見たことがない顔だった。数時間しか一緒に居てないというのに、彼女はそんな顔をしないのだろうと、勝手に思い込んでいた。

「両親が離婚していて、弟と私は母親について、三人家族になりました。」


 そう言った顔は、既に元に戻っていた。あの、負の感情を顕にした顔をしたのは、ほんの一瞬だけだった。その一瞬で自分の気持ちを表情に出さないようにするキノネがどこか恐ろしかった。


 だって、そんなこと自分にはできない。それに、この目の前の少女は感情のコントロールが上手い。それは、あの一瞬の感情さえも、コントロールされたものであるとする可能性があるのだ。


 分からない。彼女が何を考えているのかが分からない。その事実が、恐ろしくて仕方がない。


 そこまで考えたところで、ワンテンポ遅れてキノネの言葉が脳に入ってくる。両親が離婚している。それは、自分が体験したことのないもので、未知のものだった。生前、周りに親が離婚した人はいなかった。いや、知らないだけかもしれないが。


 だからソウキは、彼女にどう対応すれば良いのかが分からなかった。ここで何か彼女を元気づけるセリフが出てくるのが、真の性格イケメンなのだろうけど。


 しかし、ソウキは顔と頭が良いだけで、自分の知らない体験をした人間を励ませる言葉なんて知らない。故に、ソウキは黙った。


 しかし、この場合はそれが正しい選択肢だと言えるだろう。キノネは、激励の言葉なんて必要としていなかった。むしろ、そんなことされれば怒り狂っていたかもしれない。彼女は、感情を隠そうとする必要がないと判断すれば、コントロールなどしようとしないのだから。


 いや、怒りを大きくするようにコントロールをするだろう。彼女には、キノネという少女には、それが可能であるのだ。

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