第8話 愛すべきカツ丼

 ひとまず、一息つける場所を探そうとのことで、キノネとソウキの二人は山の方を探索し始めた。


 それは、ソウキがキノネの「山の方は隠れる場所がありそうという」意見に賛同したからだ。やはり木々がある場所の方が、人の目を掻い潜れるという考えだ。


 この考えは正しいと言えよう。しかし、みんな考えることは同じだということを忘れてはいけない。

 

 まぁ、そういうことで、山をあちこち歩き回っているわけだが、一つ問題があった。それは……

「無理。もう疲れた。はぁ、」

ソウキの体力がないことである。


 キノネは、心底軽蔑したような目線をソウキに向けた。

「なんでそんなに体力ないんですか。」

キノネが殺した男に向けていた、虫けらでも見るような目と、棘のある言葉という口撃を受けて、ソウキは撃沈した。


 まぁ、自覚していないとしても、それなりに好意を抱いている相手からの蔑むような視線は、耐え難いものである。


 しかし、今回の場合、ソウキに非があると言えばそうなのだ。キノネは、体力がある方ではない。中学生と言えども、文化系女子である。むしろ、体力は同学年の平均では少ないくらいだろう。根性はあるが。


 そんなキノネに体力が劣るソウキは、多分ヤバい。ヤバすぎる。


 そんな訳で、二十分経てばソウキはヘロヘロになっていた。これでは先が思いやられる。やっぱりこいつと組むの辞めようかな……。次はキノネが思う番だった。


 早く、仮住まい的なものを作りたいキノネ。疲れて動けないソウキ。キノネは、もう置いていこうかとすら考えた。だって、こいつ役に立たないし。言っちゃ悪いがお荷物。邪魔。


「あの、動けないならここで、」

「待って、置いて行かないで、一緒に行動しようよ。俺たち運命共同体だろ?」

「そんなこと一言も言っていません。」

必死に縋り付く情けないソウキを切り捨てるキノネ。一体どの口が運命共同体などほざいてんだ。お前、キノネのこと隙を見て切り捨てるつもりだっただろうに。


 情けなくても格好いいという、意味分かんないソウキを前に、キノネは溜息を吐いた。そして、美しい青年の前にしゃがみ込む。

「少しここで休憩しましょうか。」

しょうがないな。そんな顔をしながらも笑ったキノネに、ソウキは女神でも見たような気分になった。キノネが光って見える。


 ただの恋煩いである。


 まぁそういうことで、二人は休憩することにした。


 折角だから、疲労回復にご飯を食べよう。そう考えたキノネは、愛すべきカツ丼の姿を思い浮かべる。ホカホカのご飯の上にサクサクのカツ、そこにかけられた絶対に外せないとろっとした卵、そして、申し訳程度に乗せられたキャベツ。あれは、日本の誇るべき和食だと思う。


 そこまで想像したところで、キノネの口端からはよだれが垂れてくる。目はとろんとしていて、完全に恋をする時の顔だ。それを見たソウキは焦る。


こいつ、今なに考えてやがる……!


と。答えはカツ丼である。


 そうすれば、急に空から降ってくる丼。なんというファンタジー。ヒュルヒュルと、ゆっくり降ってくるカツ丼に、キノネはここが天界だと言うことを思い出した。


 唖然とするソウキには見向きもせず、キノネは蓋を開ける。そうすれば、ホカホカと上がってくる湯気。できたてを証明するその湯気に、キノネは顔を蕩けさせた。マジ最高。私、死んで良かった。


 死んで良い訳がないだろう。


 付属していた赤いスプーンで、ご飯と卵のかかったカツを掬う。そのまま大きく口を開け、パクリと食べる。もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。舌を踊るそれらに満足し、キノネは幸せオーラを撒き散らした。めっちゃ笑顔。


 そこで、やっと状況を頑張って理解したソウキが、硬直状態から解凍した。そしてそのままこの状況にツッコむ。

「なんで空からカツ丼が降ってきて!!

 なんでそれを普通に食べてるんだよ!!」

ごもっとも。


 しかし、キノネはそんなツッコミに、

「あれ、知らないんですか?」

「食べたい物を食べたい時に食べたいだけ、天使からご飯貰えるんですよ。」

と返す。その答えに、ソウキは黙り込んだ。

「なにそれ知らねー。」

絞り出した声は棒読みだった。


 そんなこと、ルール説明の時に言ってたか? ソウキは、天使と出会った時のことを思い出す。確か、あれは、数時間前のことだった。




「こんにちは、み」

「スライムだ!」

「天使です。」

ソウキは、白いぷるぷるの声を遮ってそう言ってしまった。それに怒ったのか、ピシャリと断言する天使。


「いや、スライムでし」

「天使です。」

なんか圧が凄かったことは覚えている。どうやら、スライムと言われるのは地雷らしい。


 そして、見事なまでに天使の地雷を踏んだソウキは、天使に嫌われた。

「これから貴方は名字を捨てて、ただのソウキとして生きてもらいます。」

「何故に?」

「知るかよ。……です。」

天使の本性が垣間見えた。


「とりま、あんたには所謂バトル・ロワイアルに参加してもらう。強制。最後まで生き残ればなんでも願いを一つ叶えてもらえる。ただ、『何度もお願いできるようにする』などの願いは無効になる。」

「え、ちょっと待って、急にバト」

「あ、自殺すんなよ?」

「え?」

「あとは何してもいい。ほら、さっさと行け。」

「え、ちょ、まっ、ええええええ!!」


 上記が、ソウキと天使の邂逅である。天使のキャラ崩壊がエグい。最早、敬語ですらない。天使を怒らせたら怖いということを理解して貰えただろうか。


 ちなみに、ソウキはキノネが貰ったスマートウォッチ的なものを貰っていない。実は、あれは全ての人間に配られる訳ではなく、天使に好かれた人間にしか貰えないのだ。つまり、キノネは天使に好かれている。


 日本人が故に警戒していたし、好感度はマイナスからのスタートだったはずなのだが、この結果は流石としか言いようがない。ソウキを落とした時点でお気付きかもしれないが、キノネは人誑しだ。知らない内に沼っている。恐るべし少女だ。


 また、食べ物を貰えることを知っているのは極小数だ。何故なら、天使が自発的に教えないからだ。聞けば教えてくれるのだが、そうしない人が多く、故に知っている人が少ない。キノネはラッキーだったと言えよう。


 まぁ、そういうことで、ソウキは知らなかったのだ。キノネが高レベルで戦場に出てきたのに対し、嫌われているソウキは今、レベル1である。圧倒的差。


 果たしてソウキは、この差を乗り越えることができるのか。


 頑張れソウキ! 負けるなソウキ! 滅びろイケメン!


 おっと、つい本音が溢れてしまった。見なかったことにしてくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る