第7話 おもしれー珍獣

 キノネは、自分が銃を向けている青年が、

「仲間になって欲しいんだ! 協力しようじゃないか!」

と大声で呼び掛けるのを見て、銃を下ろした。


 しかし、勿論完全に警戒心を解いた訳ではない。その証拠に、銃はまだ持ったままだった。


 協力。キノネは、どうしようかと首を擦った。しても良いのだが、最後には対立する。だって、『最後の一人』にならなければならないのだから。


 青年の姿を見る。背が高くひょろりとしていて、力はなさそうだった。最悪、戦うことになっても勝てるかな。それに、協力した方が効率が良いのは確かだ。


 そこまで考えて、「分かった!」と叫ぶ。静かな草原に、キノネの声が反響し、少し恥ずかしくなった。


 そんなキノネを他所に、青年は近くにやってくる。青白かった顔は、元に戻っていた。そんな青年に、キノネは自己紹介をすることにした。





「私、キノネと言います。これからしばらくよろしくね。」

にっこり。そんな擬音が似合うような表情で、彼女は笑った。敵意のない、かと言って媚びる様なものでもない笑顔に、ソウキは首を傾げる。


 しかし、挨拶された以上、返さない訳にはいかない。

「俺はソウキ。よろしく。」

こちらも、イケメン俳優顔負けの笑顔をお見舞いした。ちなみに、生前はこれで死傷者が出る程の破壊力である。勿論、比喩ではあるのだが。


 そんな攻撃をまともに受けてしまったキノネだが、全く動じていなかった。強いていうならば、「あれ、この人デスゲームなのに笑顔だな。」である。ブーメラン。


 そんなキノネに気が付いて、またもやソウキは頭にハテナマークを飛ばした。「あれ、みんなこの顔すれば俺に惚れるのにな。」なんて思っている。ナルシストの考えだが、悲しいことに客観的な事実である。


 ソウキの顔は、本当に整っているのだ。それ相応の格好をしていれば、神様かと錯覚する程に。過激的なファンが出たのがその証拠だ。


 女だけでなく、男までもを虜にするその顔は、アイドルになればバカ売れだっただろう。残念なことに、運動神経が悪いのでソウキには向いていないが。


 だから、キノネが頬を赤く染めないことが、不思議でたまらなかった。なんなら、何この生物。本当に人間なのか?


 最早、珍獣扱いである。おもしれー女ならぬ、おもしれー珍獣。


 でもまぁ、あからさまに好意を寄せてくる奴よりは、一緒に居て苦痛ではないかもしれない。ソウキはそう考えることにした。


 一方、キノネは珍獣扱いされている事などつゆ知らず、これからどう行動しようか考えていた。


 二人になれば、きちんと作戦を立てて行動しなければならない。一人なら多少フラフラしていても問題ないが、他人と協力するとなればそうもいかない。


 取り敢えず、できるだけ他人の目につかない場所で、ソウキさんと作戦会議をしたい。そう考えて、それをソウキに伝えることにした。


「ソウキさん、これからの方針を決める為、人の目につかない場所に移動しましょう。」

「分かった。」

キノネの提案を快諾したソウキは、どこへ行けば良いのかを聞く。


 キノネは、ニコリ笑って口を開き、そのままフリーズした。ソウキは嫌な予感がして、キノネと同様にニコリと笑ってフリーズした。その場に沈黙が横たわる。


「ごめんなさい、まだ分かってないんです。」

少し続いた沈黙を引き裂いたのは先程まで呆然としていたキノネだった。


 その言葉にソウキは溜息を吐く。やはりか。ということは、そこを探すことから始まるのか。今からのことを思うと憂鬱になる。なんせ、こいつはインドア派なのだ。探し回るとなれば歩き回るだろうし、歩き回るとなればそれなりにてきと遭遇するだろう。


 今まで気配を消すことで難を逃れてきたが、二人となればそれも難しくなる。一人の時とは勝手が違うのだ。


 やっぱりこいつと組むの辞めようかな……。なんて思った時、キノネの落ち込んでいる姿が目に入る。目を伏せていて、身を縮こめていた。顔が下を向いているせいで、ソウキの角度からは前髪が顔を鼻まで覆い隠した様に見えた。


 その珍獣が、さっきより小さく見える。


 そこで気が付く。いや、思い出したという方が正しいのか。キノネは子供だということを。


 自殺したとは言え、人を殺したとは言え、それ以前に子供であるのだ。何歳なのかは知らないが、中高生くらいだろう。そりゃ、責められれば不安だ。


 いや、ソウキは責めた訳ではないのだが、子供は人の感情に敏感だ。それに、今、ソウキは険しい顔をしている。険しい顔も相変わらず美しいが。それは置いておいて、自分が落胆していることなど、しっかりと伝わってたあるだろう。


 子供とは、なんとも面倒なのだろう。そう思わずにはいられなかった。けれど、同時にこう思ったのだ。


 かわいい、と。


 守ってあげたい、と。


 それは生前、ソウキは抱いたことのない感情だった。抱かれることばかりて、抱くことのなかった感情。


 青年は、その感情の名前を、まだ知らない。


 だから、今の自分の気持ちが分からなかった。これは、何? この、守ってあげたいと言う気持ちは、何?


 知らない感情に戸惑いながらも、キノネに「ごめんね、大丈夫だから、一緒に探そうか。」と励ますように言う。そうすれば、顔を上げ、ありがとうございます。と感謝を伝えるキノネ。


 一体何が、ありがとうなのかは分からなかったが、特に尋ねることでもないだろうと、聞き流す。


 ソウキは、先程の感情を庇護欲だと片付けた。違うとどこかで知っていながら、解りたくないとでも言うかのように、その感情に蓋をした。


 それが吉と出るか、凶と出るかは、まだ、分からない。


 ただ、忘れてはいけないのは、ここがデスゲーム会場であり、ここに居る者は全員、死んでいるということである。

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