第5話 殺せない

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 こんにちは、天結瘡です。

 前話でお知らせをしていなかったのですが、この話は大分グロテスクです。人が死んでいます。そういう話が苦手な人は、申し訳ありませんが、読み飛ばしてください。


 本当にグロテスクです。デスゲームだし、ホラーが好きな人だろうし、グロくて大丈夫かな。セルフレイティングもしているし、大丈夫かな。なんて思って、前話でお知らせしていなかったのですが、もしかして、私をフォローしてくれている、ホラーはあまり好きではないけど読もうかな、なんて思っている神みたいな人がいれば(多分いない)申し訳ないなと(多分いない)。


 ということで、これからもグロ表紙はこの作品では付き纏うので、苦手だ〜! という人はフォロー外してもらっても構いません。むしろ、この稚拙な小説にフォローをありがとうございます。


 もし、「グロテスク過ぎるので変えてください」という旨のコメントがくれば変えます。

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 突きの体勢を取った男に突っ込む。男は、それまで逃げてばかりだった私の反撃に驚き、動きが格段に遅くなる。


 そこを狙って下に滑り込み、刀を避ける。というか、刀が避けたというのが正しかった。


 こいつは、私を殺せない。


 切り先が上を向いた刀を見て確信する。


 こいつは、人を殺せない。


 キノネは、そのまま身を翻し、自分より大きい男の後ろから肺を目指して果物ナイフを服ごとぶっ刺した。人の息遣い、運動したことによる汗で、この人は生きているのだと実感する。


「ガァッ、かぁーー、グホッ、」


 悲鳴のような苦しむ声を男が発した。肉を引き裂くような、何かが潰れたような音がする。でも、まだ生きてる。そりゃそうだ。急所を的確に突けた訳じゃないし、こんなに簡単に人は死なない。


 それに、肺に上手く刺さっていたって、直ぐに死ぬ訳ではない。


 まあ、息ができなくなってそのうち死ぬだろうけど。キノネは、痛みで胸を押さえながら倒れる男に、虫けらでも見るような目を向けた。


 哀れなバカだ。


 そう言いたそうな顔で、自分より年上の大柄の男を、見下していた。


 倒れた男に、ここは抵抗して暴れるものだろうにと思いながら。


 男に近付き、しゃがみ込む。ナイフが刺さったままの服から覗く傷口からは、赤い血が滲んでいた。果物ナイフを掴み、ゆっくりと回転させる。


「うぁっ! あ、かっ、があー、ック、」


 すると、肉を引き裂き、臓器を抉るような気持ち悪い音がする。男は自分に襲ってくる痛みに抗おうと、叫ぶ。しかし、嘔吐えずき、血を吐き出した。


 生きようとしている、この男は。


 死んだくせに、生きようとしている。


 生きようと、抗っている。


 じゃあ、何で死んだよ。


 キノネは、思いっきりナイフを抜いた。その途端、ブシャアと噴水の様に勢いよく溢れ出す血に、思わず飛び退いて、眉を顰める。危うく、服が汚れるところだった。


 刃物で刺し、一回転させ、引っこ抜く。これは、ドラマで見た知識だった。まさか、使う日が来るなんて思ってもなかったけれど。


 生々しい血と脂と臓器のようなものの欠片で汚れたナイフをそこらへんに落とした。どうせ、錆びてもう使えない。男は、ヒュウヒュウと息をするのが精一杯らしく、懸命に空気を吸っている。何故そんなに生きたがるのか。あぁ、家族がいるんだっけ。


 新しいナイフを取り出して、今度は腰の方に突き刺した。呻き声が上がった。叫ぶ元気はもうないみたいだった。刃渡り五センチメートルの果物ナイフは、グサリと気持ちの良いくらいに刺さったから、笑ってしまう。


 最期なんだし、名前くらいは、聞いておこうか。そんな軽い気持ちだった。


「名前、なんて言うの?」

男と目を合わせた。虚ろだ。何も、見ていないようだった。顔は真っ青で、汗と涙と鼻水が区別がつかなくなったものと、血でぐちゃぐちゃになっている。


 ヒュウ、ヒュウ。そんな音に、あぁ、もうこいつは喋れないのかと可哀想に思う。


「はっ、こー、ぉ、じ、し、ひ、ヒュッ、」

分からない。

「なんて?」

男は目を閉じた。さっきまで必死に吸っていた息は、今はもう、ほとんどしていなかった。


 未だに、男は苦しんでいる。ここに病院のような医療機関は存在しない。天使のくれる食べ物は疲労回復用で、傷を癒やしてくれるものではない。


 ここで、殺すのが情けというものか。まぁ、どうせ死ぬのだろうけど。そう思いながら、この屈強な男が手放した刀を手に持つ。


 ずっしりとした重さに、思わずよろける。思っていたより重かった。これを、この男は振り回していたのか。これは、尊敬に値する。


 しかし、持ち上げられない程ではない。そのままよっこいしょと持ち上げる。そして、止めを刺そうとした時だった。


「ミドリ、アオイ」


 男が言った色の名前を、キノネは最初、理解できなかった。


 呆気にとられてそのまま立ち竦む。まさか、喋れる気力と体力が残っているとは思わなかった。意外と人間は強いらしい。


 しかし、男はそこで力尽きた。どうやら、最期の力を振り絞ってというやつらしい。


 未だに流れ出る血を見る。赤くて、ドロドロしていて。始めの方に流れた血は、もう乾いているものもあり、それは、赤色ではなく、黒く濁っていた。


 血生臭い。これが、人が死ぬということ。


 これが、人を殺すということ。


 男の最期の姿を思い浮かべる。


 苦しかっただろうに。さっさと刀でも使って殺してやれば良かった。どうせなら、楽に殺してあげれば良かった。どうせ、死ぬんだから。絶対に、助からないのだから。


 それでも、この男は足掻いていた。死ぬのは分かっているはずなのに、それでも、生きようとしていた。死人のくせに。


 死人の顔をみる。安らかな表情とは真反対だった。こびりついた、早くも固まった血や涙や汗の異臭がする。でも、こうしたのは私だった。


 これを見たこいつの妻と娘は、一体何を思うのだろう。


 そこで、キノネは気が付いた。彼の最期の言葉は、きっと家族の名前だったのだろうと。


 殺そうとしたくせに、結局殺せない、バカみたいな男だった。きっと、クソ真面目で、家族をひたすらに愛していたのだろう。だから、日本で生きられなくて、自殺した。心中した。


 完全なキノネの想像と推測だが。


 だから、私を殺せなかったのだろう。だって、私よりも強いし、いくら私がちょこまかと逃げ回っていてしても、本気を出せば私を簡単に殺せただろう。


 キノネは、男の顔を見た。ぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃだった。そして、ぐちゃぐちゃにしたのは自分なのだと、自覚した。


 それをしなかったのは、何故か。


 娘がいるから、女子を殺せなかったのか。


 まぁ、死んだ奴のことなんてどうでもいい。


 私は、ナイフが一本刺さったままの男をそのままにして、その場を去った。今回は果物ナイフでも良かったが、次はそうもいかないだろう。


 早く、自分に合う武器を探さなければ。あと、小屋も。


 そんなことを考えていたから、気が付かなかった。自分を見つめる存在に。


「そう言えば、初めて人を殺したな。」

ポツリと呟く。殺してはいけない。そう言ったのは、お母さんだった。


『殺すのは、他の犯罪とは違うよね。』


 その言葉が今も耳に、鬱陶しい程に、こびりついている。


 殺すのは駄目だって言ったって、時と場合によってそれは覆るのだ。有名な織田信長も、源頼朝も源義経も、立派な人殺しだ。


 一人どころじゃない。何十と殺した、化け物だ。


 どうしてか、社会はその人達を『人殺し』と呼ばない。駄目な人だと言わない。人殺しだという事実を知っていて、理解していない。そんな人達だった。


 息を吐く。ふーっと長く吐き出して、また、勢いよく息を吸った。そうすれば、逆に空気が肺の中に入りすぎて咽る。そんなキノネの額には、透明な汗が浮かんでいた。足は、疲労のせいか小刻みに震えている。あの男を相手に立ち回って、殺したんだ。逃げ惑っただけとは言え、文化部系女子のキノネの体力は限界だった。


「てか、元々あいつ死んでるし。」

ここにはいないお母さんに言い訳をした。だって、ここにいるのは自殺した人間だけだから。あいつは、死ぬことん選んだんだ。だから、死ぬのは彼の意思だった。


 なんて言うのは、流石に傲慢なのか。


 手を見る。自分は、人を殺した。それは、覆ることのできない事実だ。けれど、これは罪ではない。だって、こいつはもう、既に死んでいるのだから。


 人を殺せる自分に、それをしてなんとも思わない自分に、訳が分からなくなった。


 普通は、苦しむものだろう。だけど、それがなかった。別に、なんとも思わなかった。


 それが、自分が普通の人間ではないことの証明であるようで、怖いのだけど。でも、それが普通なのではないのだろうか。


 だって、慣れるのが人間だろう。


「私は、それが人よりも早いだけだ。それだけ。」

そう、自分に言い聞かせる様に言ったキノネの目には、何も浮かんでいなかった。

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