第4話 異常者はどっちか
「ない。」
キノネは、川っぽいところか山っぽいところのどちらに行こうか迷った末に、山っぽいところを選択した。そっちの方が隠れる場所が見つかりそうだったからだ。
文化部中学生女子の為、歩き回るのは結構しんどい。だから、スタート地点からあまり離れていない場所でキノネはウロチョロしていた。知っている場所から離れるのは、心細い気がして、余計に足が動かなかった。異常者とは言え女子中学生である。
しかし、自分に合いそうな武器が見つからない。果物ナイフは沢山拾い、それをまたまた拾った大きめの鞄に入れたものの、それ以外に良い武器が見つからなかった。それで冒頭の台詞である。
どうしよう。キノネは焦る。今更な気もするが、とにかくキノネは焦ったのだ。今会敵すれば、100パー死ぬ。どうしよう。
そう、案じた時だった。
カサリという布の擦れる音が、キノネの耳に入ったのは。
キノネは元々耳が良い。常に耳が動いているので、些細な音も聞き取ることができる。後ろの方から聞こえたその音に、背後に誰かいるのだろうと推測した。
気が付かない振りして泳がせるという選択肢もあるが、そのまま背中からバサリは怖い。そう思ったキノネは、そっと小さい鞄と同じく首に通していた大きい鞄に右手を突っ込み、ナイフを一本取り出した。
沢山ある為、何個かが手に掠り、傷ができたが彼女は全くと言っていい程気にしなかった。キノネは少々痛みに鈍い。
ぱっと振り返る。自分の後ろにいる人間は、直ぐに見つけることができた。余程気付かれない自信があったのか、それとも馬鹿なのか、そいつは隠れることさえもしていなかった。
目が合う。刀を持った、推定20代の男だった。日に焼けた健康そうな肌をしている、どちらかというとガッチリしている男。
ヤバい。キノネは泣きそうだった。刀の男VS果物ナイフの少女。勝敗がどうなるかなんて、火を見るよりも明らかである。
しかし、こんなところで死ぬ訳にはいかない。キノネは、必死で頭を働かせた。距離はある。逃げてみるのも……駄目だ、振り切れる気がしない。やはり、距離を取りながら戦わないと。
取り敢えず、もう少し距離を取る。そして、男を観察した。なにかスポーツでもやっているのだろうか。そうであれば、勝つことはほぼ不可能だが。
しかし、失礼を承知で言うと頭は悪そうである。運動はできるけど勉強はできないタイプ。キノネは、男が両手で刀を持っているに安堵した。果物ナイフを投げても取られることはないだろう。まあ、今回はそうするつもりはないが。
恐らく、両手で持っているのは片手で持つのが重いからだろう。いや、少しの間なら片手で持てるだろうが、ずっとは無理。なら、耐久戦に持ち込んで、相手が疲れるのを待つ。
それまでは、逃げの一手だ。
そう、決めた時だった。男が走り、一気に間合いを詰めキノネに飛びかかる。
「速っ、」
その速さに、キノネ思わず声を漏らした。刀持っててこの速度は、陸上選手かよ。
男はその勢いのまま刀を振り下ろす。しかし、その速度は脚に比べて、遅い。普段刀は使わないのか。そんなことを一瞬の間に考え、キノネは、咄嗟に後ろに避ける。眼前で刀が空を切った。思ったよりも刃渡りが長く、掠りそうになったが、瞬間的なスピードはあるキノネはそれを避けた。
そのまま後ろに下がる。一瞬反撃も考えたが、流石に危ない。でも、刀での攻撃は上手くないことが分かった。だから、隙が多い。今だって、遅い大振りだから隙ばっかりだ。このまま弱らせたら、勝ちの可能性も、ある。
それを見た男が、「チッ」と舌打ちをした。いや、そっちが仕掛けてきたんだから、舌打ちしたいのはこっちなんですけど。なんて不満に思うも、やはり声には出さなかった。
ふとキノネは、この人はなんの為に生き残り、なんの願いをするのだろうと気になった。それは、キノネに叶えたいこれといった願いがないからだろうか。
もう死んだんだ。願いを叶えてもらったところで、どうするのか。それが、キノネの考えだった。
この男にはあるのだろうか。願いが。
そんな疑問からだったと思う。
キノネは口を開く。
「何をお願いするんですか?」
男の気を逸らしたいという気持ちもある。耐久戦だし、話をして長引かせたほうが良い。
その考えからの質問だったが、意外と男に響いたようだった。
「妻と娘が、いるんだ。」
絞り出したような声で、男はそう言う。屈強な見た目とは裏腹な、心細い声だった。
話している間も、男は手を止めなかった。隙あらば突き、斬り、刺しと攻撃してくる男に、これは気は抜けないなとキノネは気を引き締めた。フィールドが広いのはラッキーだった。そうでなければ、すぐに、死んでいただろう。
言葉を続ける男に、器用だなとキノネは感心する。
「一家心中したんだ。会いたい。」
心中。口の中で呟く。何故だろうか。やはり、日本という社会に嫌気が差したのか。
「そして、来世では三人で幸せになりたい。」
自分で自殺しておいて尚、来世で生きたいと願う男が、キノネには酷く滑稽に映った。
馬鹿だ。みんな馬鹿。こいつも、自分も、こいつの妻と娘も。
幸せというものに縋り付いている馬鹿。
現状に満足できなくて、そこにある小さな幸せに気付けなかった、バカ。
キノネは、静かにナイフを持ち変えた。殺す。
男は普段使わないであろう刀を振り回し続けたせいでガタがきていた。当たり前だ。明らかにスピードが落ちている。スピードが持ち味だというのに、これではまるっきり駄目。
次だ。次の、突きがくるタイミングで、殺す。
それは、キノネという少女の中に、明確な殺意が生まれた瞬間でもあった。
男が勢いをつけた。目をカッ開く。突きか、それ以外か。男が地面を蹴り、駆けてくる。あと三メートルのところで、男が突く体勢を取る。
来た。
全神経を集中させて、男を注意深く観察する。フェイントなんて小難しいことこいつはしてなかったから、それは心配しなくていいだろう。
キノネは、そう思い、男に突っ込んだ。
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