第3話 天才ではない凡人
スタートの合図で歩き出す。走る必要はない。北海道の人口は500万人だが、この会場の人口は約3万人だ。初っ端からばったりする確率は低い。それなら、いくら食べ物で回復できると言っても、ある程度は体力温存しておいた方がいいだろう。
キノネはそう考え、取り敢えず近くにあった黒い銃を拾う。実物は初めて見る。小さいが、やはり結構重たい。キノネは銃に自信が無かった。
とある小説で知ったことだが、普通の銃は安全装置的なものがついていて、女、子供の握力では発射しないそうだ。最近ではついていない銃もあるらしいが、この銃がどちらなのかさっぱり分からなかった。
キノネは普通の女子中学生で、銃マニアではない。本格的な射的ゲームなんてやったことがないし、お祭りの屋台の割り箸と輪ゴムを使う射的ですら真面に当てたことがない。
その中で、生死が懸かっているこのデスゲームで銃を使う気にはならない。銃は撃てば反動で跳ね上がるっぽいし。キノネは、自分が天才ではないことを知っている。だから、この銃は撃たない。
キノネは、武器と同じ様に落ちていた丈夫そうな鞄を拾った。どうやら、落ちているのは武器だけではないらしい。活用した者勝ちと言いたいのか。
そんなことを思いながら、拾った茶色い革製の鞄に銃を入れる。あまり大きくないその鞄は、銃を入れるのにピッタリだった。
鞄を首に通し、斜めがけにする。誰かにひったくられたり、強風に飛ばされないようにする為だ。
それにしても。
緑の自然が美しいはずなのに、所々に落ちている武器が台無しにしている。キノネは辺りを見渡した。刃渡りの長い刀に、小回りの効くナイフ、鋭い剣。物凄く物騒。まぁ、殺し合いがそもそも物騒なのだけど。
首を擦り、考え込む。自殺ができないということは、自分で自分を傷付けることができないということなのだろうか。それとも、自分でつけた傷は瞬時に治るのか。
どうせ死なないのなら、取り敢えず試してみようか。そう思ったキノネは、比較的近くに落ちているナイフに近付く。果物ナイフのような見た目で、柄も刃も細長い。周りを見渡し、誰も居ないことを確認すれば、屈み込んだ。
至って普通の果物ナイフ。これで人を殺すのは、不意打ちでない限り難しい。なら、これは用途が違うのか。だって、どう考えてもリーチの長い柄物が相手なら不利だ。
そこで、キノネは一つ思い付いた。別に刺さなくても良いのか。沢山集めて投げれば良い。当たればラッキー、当たらなくてもビビらせることができる。少し遠くの人間にも当てることができる。
その場合の注意点は、相手にナイフを盗られた場合だろうか。やり返されたら面倒。いや、拾う時に隙ができるだろうから、その時に攻撃すればいけるか?
まぁ、ないよりはマシか。そう考えて、ナイフを手にし立ち上がる。もう一度、周りを見渡した。誰もいない。これは殺し合いだ。気にし過ぎる方がいい。
キノネは、ナイフを右手で鉛筆を持つ時のように持ち変えた。そして、そのまま左手の小指にぐりっと突き刺した。顔を歪める。やっぱり痛かった。
刺さったナイフを抜く。最初はただ切れただけのような見た目をしているが、数秒経てば傷口が開き、プクリと赤い血が溢れ出す。骨までは行かなかったのか、そこまで傷は深くない。まぁ、痛いけど我慢すればそのうち治るかな。
自殺した時の痛みと比べれば、全然だし。
そう思って、左手を振った。その勢いで、まだ新鮮な赤い血が空中を舞う。しかし、重力には逆らえないのかべチャリと、地面に落ちた。緑色の草に赤色の血はなんだか毒々しい。
そこで、違和感に気が付く。ここって天界らしいけど、重力なんてあるのか?
それとも、そこらへんは地球に近付けているのか。
まぁ、どっちでもいいか。
そう思考を放棄して、キノネはさっき切った左手の小指を見つめる。自分で攻撃すれば治るのかなと勝手に思っていたが、小指は一向に治る気配を見せない。致命傷でなければそのままなのか。
利き手じゃない方の小指にしといて良かったとキノネは思った。特に使わない指だろうし。
そう楽観的に考えて、その地を後にした。ずっと同じ所に留まるのも危険だろうという考えだ。
キノネは腕時計でマップを確認する。確かに、自分の通った場所はマップにはっきりと表示されている。反対に、まだ行った所のない場所は、緑色だからなんとなく山っぽい、水色だからなんとなく川っぽいということしか分からなかった。
戦いにおいて、地形というのは重要だ。源義経の平氏との戦いも、地形を利用したものが多かった記憶がある。だから、土地勘はあった方が良い。
あと、長期戦になるのだから、ちょっとした小屋っぽいのも必要だろう。いくら疲れないと言っても、ずっとフラフラしているのは危険だ。人に見られない場所で持ちきれない武器を溜めておいたり、作戦を考えたりするのは大切なことだろう。
その為にも、少し冒険するか。
そう思ったキノネは、人から隠れることのできそうな場所と、自分が扱えそうな武器を探そうと、歩いて行く。
『冒険』と言う言葉に年甲斐なく心を弾ませ、浮き立つ気持ちを鎮めきれずに、たったの果物ナイフと銃をそれぞれ一つだけで出歩いてしまったのは、間違いだったのだろうが。
彼女は楽観視し過ぎたのだ。
『デスゲーム』という殺し合いを。
ただの『ゲーム』だとしか思っていなかった。
『命の奪い合い』だということを、意味を知っていながら正しく理解していなかった。突然デスゲームの参加を言い渡されても拒否しないこと(強制の為拒否権など存在しなかったが)、なんの躊躇いもなく、知的好奇心で小指をナイフでぶっ刺したことから分かるように、
彼女は、異常だ。
そして、キノネというたった14歳の少女は、自身が異常だということに、全く気が付いていなかったのだ。
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