第2話 自殺禁止令

 スライムの形をした天使の一言で、キノネは自分の楽観的な思考を捻り潰されたような気がした。


 殺し合いを前に、楽観的思考なんて何を言ってるんだなんて思われるかもしれないが、確かにキノネは楽観していたのだ。


 最悪死ねば良い、と。


 殺し合いに疲れたら、また自殺すれば良い。だけど。


「自殺や自爆は無効となります。ご注意ください。」

止めを刺すような天使の言葉にキノネは溜息を吐いた。


自殺できない。

自分の死にたい時に死ねない。


それは、キノネにとって大きなストレスだった。


 死にたいのなら、殺してもらえれば良いと思うかもしれない。けれど、そうじゃない。


 キノネは、人に殺されるのだけは絶対に嫌だった。自分を殺して良いのは自分と、自分の母親だけだと本気で思っていた。今もそうだ。


 自分で死ぬという選択肢がないのなら。


 『生き残るしかない』


 キノネは、その時そう決めたのだった。


 天使は、キノネのそんな表情の変化を感じ取った。そこで、天使は言葉を発する。


「スタートまであと約十分です。舞台の広さは北海道程の大きさ。周りは海となっていますが、海へ泳いだとしても辿り着ける場所はありません。そのまま溺死しそうになればスタート地点からのリスタートとなります。」


 そこまで言うと、思い出したように天使はキノネに大きめの腕時計のようなものを渡した。スライム状の体の中から腕時計らしきものを持って自分の近くまでやってくるのは少々奇妙だ。


 しかし、なんだかこの天使、忘れ物が多い。大丈夫だろうか。


「これは、時間とこの地のマップの機能が入っている腕時計です。マップは現在地を黒丸で表示します。普通はぼんやりとした地形しか分かりませんが、行った所は衛星写真のように明確に表示されます。私たち天使と連絡することもできます。ちょっとした疑問などには答えられますよ。」


 金色の枠組みのスマートウォッチ的なやつで、キノネはそれを「便利だな〜。流石文明の利器。」なんて思っていたが、これは神様が適当にちゃちゃっと作ったものである。文明は関係ない。


 そこで、キノネは先程天使に遮られた疑問を思い出した。

「デスゲーム中って、ご飯とか睡眠とかって、どうするんですか?」


 生死を左右する、めちゃくちゃ重要な問題である。そんな質問に、天使はぷるぷると震え、「わっすれってた〜」とでも言いそうな雰囲気を醸し出した。オイ。


「えっとですね。ご飯はお腹が空いたタイミングでその人が食べたいものとその人の体に必要なものを各天使が配布します。その点は心配なく。」

これがホントの神対応。いや、天使対応か。


「睡眠に関してですが、眠くなることはありません。疲労しても、天使が配布するご飯やドリンクで回復しますし、その点は心配ないかと。」


 なので、ご安心くださいと言う天使にホッとした。寝ている間に奇襲をかけられればたまったもんじゃない。


「総勢三万人あたりの人数が殺し合いを始めます。最後の一人となるまでこのデスゲームは続きます。」


 その言葉で、参加人数が約三万人だと言うことを知った。それは、キノネの予想を遥かに超えた人数だ。確か、日本での自殺者数の平均だったっけ。三万分の一。これで生き延びれば凄いだろうなと、なんとなく思った。


 腕時計を嵌めるのをすっかり忘れていたキノネは、そこで腕時計を装着した。意外としっくりくる。横にある細長いボタンを押せば、暗かった画面は今の時刻を映し出した。


【0日目13:56】となっている。

横にスライドさせると、マップが出てきた。まんまるだ。


 北海道程の大きさと言っていたから、てっきり北海道の形をしているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「あ、あと三分です。心の準備は良いですか?」

そう聞く天使に、キノネはデスゲームに心の準備もクソもあるかと思ったが、言わないでおいた。


 あと三分で、デスゲームが始まる。怖いかと聞かれれば、そうではない。もう一度死んでるのだ。人に殺されるのは癪だが、それだけ。


 殺されるのが嫌なのも死ぬまでで、死んでしまったら嫌どころか、感情そのものを持たない。何故か今、生きて感情を持っているけれど。

 

 キノネは、人を殺すのに躊躇いはない。だって、みんな自殺した人間だから。言ってしまえば、もう生きていない。キノネも、ここにいる約三万人の人たちも。


  だから、全員、容赦なく


 キノネは、そう決めた。そんなこと言って自分が殺られたらどうしようもないけれど。


 あと一分です。


 そんな幼い声がキノネには遠くに聞こえた。それは、天使の声だった。


 あと一分。キノネの中にあるのは、緊張ではなかった。いや、勿論緊張もあるのだけど、それ以上に興奮とか、楽しみとか、そういうものが勝った。ゲームは好きだ。殺し合いではあるものの、これはゲームだ。


 今まで感じたことのないような高揚感が私を包み込む。


 ドクリ、ドクリと音をたてる心臓に、キノネはまだ自分が生きているのだと不思議に思った。てっきり魂だけが生きていて、この体は虚像なのかと思っていたが、そうでないらしい。


 ドクリ、ドクリ、ドク、ドク、ドクドクドッドッドッ……。


 という風に、徐々に速くなっていく心音。それは、キノネの感情が昂っていることを象徴しているようだった。


「5、4、3、」


カウントが何故か、ゆっくりに聞こえた。


「2、1、スタート!」


 その声で歩き出す。自殺から始まったデスゲームは、キノネのこれからの殺し合いの人生をどう衝き動かすのか。それはまだ、誰にも分からない。


 神でさえも、分からなかった。

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