開幕
第1話 死後の世界
小さな白いスライム状の生物が、一人の少女に挨拶をした。
「こんにちは。
樹乃音と呼ばれた、一つくくりの一見平々凡々な少女は、頷く。すると、その反動で前髪と横髪が揺れた。黒縁の眼鏡を掛けているので、真面目そうな雰囲気が漂っている。
口はない。目もない。そんなスライムを生物と呼んで良いのかは謎だが、とにかくそれは生物のような動きをしていた。子供のような声だが、しっかりした口調だ。
でも、どこで発声させているのだろう。喋るとぷるぷる震える。なんか、かわいいなと少女、樹乃音は思った。
樹乃音は、白いスライムに話し掛けた。
「あの、私、死んだと思うんですけど。」
「えぇ。死にましたよ。自殺しました。」
全くオブラートに包もうとしないスライムにこいつ無神経だなとか思いつつ、聞きたいことを質問する。
「あの、ここって天国でも地獄でもないですよね。」
「そうですね。」
「……じゃあここってどこですか?」
「デスゲーム会場です。そして、貴女にはこのデスゲームに参加してもらいます。」
「成程。デスゲーム会場ね……。ってなるかい!」
樹乃音は思わずツッコんだ。なんだその物騒な会場。しかも、デスゲームに参加してもらいます?
強制なの? これ。
私、今から殺し合いするの? 死んだと言うのに? は????
というか、なんで私生きてるの? 自分の体を見ると、自殺する直前の格好と同じだった。足首まであるジーパンに黒いロングTシャツ。女っ気一つないラフな格好をしているが、無駄に着飾った服より、その方が楽だ。
なんとなく、ここがそういう場所だと言うことには気が付いていた。しかし、樹乃音は現実逃避をしていた。殺し合いとかやだ。辺りを見渡すと、天国とは言い難い、殺伐とした雰囲気を醸し出す誰も居ない野原。近くには森や林もあるが、ここまでなら天国と言えなくもないだろう。
問題は、所々に落ちている銃やその弾丸、防護服のような物等だった。
「スライムちゃん。デスゲームって何するの?」
「天使です。」
「あ、ごめんね、天使ちゃん。」
え、お前天使なの? なんて言いそうになったが、流石に失礼なので抑えこんだ。よくやった、私。因みに、樹乃音の顔には驚きではなく申し訳なさそうな表情が広がっていた。
これが、天使が日本人を嫌う所以なのだろう。樹乃音は驚きや疑惑を全く顔に出さなかった。その上で、思ってもないすまなそうな顔をしている。これは、樹乃音の得意技だ。さっきは思わずノリツッコミしてしまったが。
てか、天使ってスライムなんだな。てっきり小人かと思っていた。思い込みは良くない。反省しないと。樹乃音はそう自分を戒める。余談だが、今も樹乃音の表情は変わっていない。流石である。
天使は樹乃音の謝罪を受けて、疑問に答え始めた。しかし、この天使は樹乃音に対する警戒心を高めた。
それは、大抵の人間が自分を見てスライムだと言い、天使だと伝えると驚くのを知っているからだった。樹乃音は日本人だし、取り繕うのが上手な人間の可能性が高い。
「まず初めに、これから佐槍樹乃音さんの名前を『キノネ』とさせて頂きます。」
「えっと、どうしてか教えてもらっても……?」
あくまでも下手に出る樹乃音。それは、自分を低くすれば相手は嫌な気分にはならないということを、日本での生活で知っているからだった。
「その方が簡単だからです。」
淡々と答える天使。しかし、樹乃音には何が簡単なのかさっぱりだった。なんとなく、この天使は理由を言いたくなくて、ぼやかしているのだろうと言うことに気が付いてはいた。
しかし、別に問い詰めていいことはないし、キノネでも困ることはないし。樹乃音、いやキノネはそう納得して、それ以上追求しなかった。
その判断は、恐らく正解だっただろう。天使との関係性をこの時点で崩したくないのであれば、正しい選択だった。
「では、デスゲームの説明を始めます。」
そのスライム……じゃなくて天使の言葉を皮切りに、デスゲームのルール説明が始まった。
「このデスゲームなのですが、参加者の全てが今年に自殺した人間です。その中で、最後の一人になるまで生き残れば、なんでも願いを一つだけ叶えることができます。あ、何度も願いを叶えて貰えるようにするなどの願いは無効です。」
なんでも願いを叶えることができる。そんなことが有り得るのか。そう疑問に思い、聞こうとした。しかし、そのほんの少し早く天使が口を開いた。
「なんでも、です。生き返りたい、死んだ大切な人に会いたい、ずっと寝ていたい。嫌いな人に復讐したい、地球を滅亡させたい。好きな女と寝たい、好きな食べ物を沢山食べたい、お金に埋もれたい。生まれ変わりたい、転生したい、異世界に行きたい、トリップしたい。二次元の人物と会いたい、ラブコメしたい。なんでもいいんです。」
そんな天使の台詞に、本当になんでもありだなと思った。途中でツッコみたくなる願望もかなりあったが。
「命を賭けるなら、そのくらいの報酬はないといけません。でないと、誰も乗ってくれませんから。」
確かにと思った。命懸けなら、そんなもんか。しかも、最後の一人として生き残らなければならない。何人がこのデスゲームに参加するのかは知らないが、たったの一人だけなら妥当かもりれない。
「他にもいくつかルールがあります。」
天使は、ルール、というかデスゲームの概要について話した。
「デスゲームで死んでしまっても、失うものは何もありません。何故なら、君たちはもう死んでいるからです。まぁ、痛みは伴いますが。気軽に挑戦していただいて構いません。」
「デスゲームの最中、他人と組んでもらっても構いません。組むのは何人でも良いです。ただし、生き残れるのは一人だけなので、そこは忘れないようにしてください。」
「デスゲームでは、落ちている武器や鎧などを拾い、身に着けてもらって構いません。流石に身一つで闘うのは分が悪すぎます。格闘家でもない限りね。」
「落ちている武器は、何か特別な能力が付与されている訳ではありません。例えば、尋常ではない素早さで動く刀や、持てば勝手に人を斬ってくれる剣、撃てば弾丸が爆発する高性能の銃、あらゆる武器の攻撃を無効化する盾などはありません。」
「また、人間を拷問するようなことはお止めください。性的屈辱や、あまりにも酷い精神的屈辱を与えるのも駄目です。そのような行為が発見された場合、天罰が下ります。ここは天界だということをゆめゆめ忘れないように。まぁ、そんなことする人居ませんけどね。」
「それ以外は、何をしてもらっても構いません。自分の頭、容姿、地形、武器、全てを味方にした者の勝利です。」
そこまで一気に言うと、スライム……じゃなかった。天使のぷるぷるという震えはなくなった。つまり、怒涛の勢いの説明は止んだ。ここって天界だったんだと、その時キノネは初めて知った。
それまで大人しく黙って聞いていたキノネだが、質問があったので口を開こうとする。しかし、またもや天使が少し先に「一つ忘れていました。」と付け加えた。
「一番大事なルールです。」
勿体振るようにそこで声を止める天使。キノネは焦らされているような気分になった。
「自殺してはいけません。」
天使の幼い声が、『デスゲーム会場』に響く。草木が揺れた。プルリという震えが風を生み出して、それがこの会場全体を震わせたようにキノネは錯覚した。
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