整理できない気持ち

 キサラが思った以上に手のかからない子供である、ということはすぐにわかった。

 彼は大人しく、エリサンやイラガの言ったことは必ず守り、子供らしい活発さをあまりみせない。

 オムによれば、彼は難しいことを覚えられず、心の成長が止まっているということだったがそんなことはないように思えた。


「今のところ、とてもいい子のように見えるのですが」


 キサラが来た翌日、エリサンは唸った。

 もちろん朝から彼(キサラは男性であった)に対して診察を何度も行ったのだが、大した成果はなかった。その際に暴れるようなこともなく、家に帰りたいと泣くこともなく、ニコニコとして大人しい。

 落ち着いていて、暴れることもない。遊びたいということもない。勝手に家から飛び出すこともない。

 手がかからないといえばそうだが、子供らしさが抜け落ちているようにも思える。

 小児の診察が難しいことをエリサンは知っていたが、拍子抜けのような気分だった。また、これがいいことであるとも言い切れない。


「めがみさま、ママユガさま」


 何が嬉しいのか、キサラは女神像を両手で抱えてニコニコとしていた。

 椅子に座って足をプラプラとさせていた。

 残念ながら信仰のことについては詳しく教えても、理解がすすまなかった。神や精霊がどのようなものなのか伝えてみても、「よくわからない」と言っているので、ほんとうにわからないのだろう。

 一応、宗教的なことをやらせても特に問題ないとオムから許しは得ている。

 彼がやりたいのであれば、祈りや食事前の感謝などはさせてもよいだろう。

 エリサンはどのように経過を観察していくかについて、計画を立て始めていた。


 その横で、イラガが寝台を作っている。

 木材を組み合わせ、葛のツルで巻いて形にしていく。彼女は釘も使わずに手際よく組み立てていった。おかげで今夜から眠る場所に困るということもなさそうだ。

 それで昨夜は大変だった。エリサンは自分が少し我慢をすればそれでいいと考えていたのだが、イラガが「先生を椅子なんかで寝かせられません」と言い張って粘ってきたのだ。結局イラガが椅子で眠ることになったのだが、大の男がぬくぬくと寝台にもぐって、女性を冷たい椅子で寝かせてしまったことになる。エリサンは申し訳なく感じていたのだが、イラガが頑として譲らず、どうにもならなかった。

 しかし、今日から問題はなくなる。


「先生、この生地を少しもらってもかまいませんか」

「はい、どうぞ使ってください」


 かなり器用に、イラガは寝台を組み立てていく。

 みるみるうちに木々の切れ端が形になり、組み合わさって大きくなり、その用途が次第に明らかになっていく。

 この様子に気づいたキサラは、じっと見つめるようになった。落としてしまわないうちに女神像をエリサンに返し、彼はイラガの近くにしゃがみこんで彼女の工作を見守った。

 イラガのほうもよそよそしい態度をとるようなこともなく、尻尾をゆっくりと振りながらテキパキと作業を進めていく。

 葛のツルが彼女の手によって縦横に編み込まれ、やわらかな寝台にかわっていった。熟練の、見惚れるような技術だった。


「すごい!」


 輝くような笑みで、キサラはこれを賞賛する。

 気をよくしたイラガは「ふふん」と鼻を鳴らして得意がり、ますます作業に没頭した。

 そして何か工程が一つ進むごとにキサラがほめたたえ、イラガが嬉しがるということが繰り返される。

 微笑ましい光景だった。

 キサラの病気のことがなければ、エリサンもこれをみて和やかな気持ちになれたはずだ。

 だが、彼には考えなければならないことが多かった。


 しばらくして、キサラの体格に合った小さめの寝台が完成した。


「どう、気に入った?」


 イラガは腕組みをして、完成した寝台を指さした。

 エリサンが見ても、頑丈そうにできている。子供が上で飛び跳ねたくらいでは、壊れないだろう。


「かっこいい!」


 キサラは手を合わせて、笑っていた。そうしてイラガをほめたたえた。

 褒められて、やはりイラガは得意そうな顔をして、それから少し真面目な顔をしてキサラと目を合わせた。


「今日からここで眠ってほしいんだけど、一人で眠れる?」

「できるよ!」

「よし、一人で寝れる君はえらい。でも、これを作った私はもっとえらい。そして、私を助けてくれた先生はもっとえらい。

 次から、私のことはイラガ姉さんと呼ぶことを許す。先生のことは先生って呼ぶように」

「わかりました、イラガ姉さん!」


 ニッコリ笑ってキサラは元気に答える。

 なんと聞き分けのいい子であろうか。もちろん、イラガが子供の扱いに慣れていた、ということも大いに関係していたが。

 聞いた話によれば、獣人の集落では子供たちはひとまとめにして育てられるため、年下の子供の面倒を見るのが当たり前であるらしい。そのため、イラガにとってはキサラのような子供を相手にするのは、簡単なことだった。


「いいお返事。よろしい、今日は村の中をお散歩に行くよ。

 帰ってくるまで私の傍を離れてはだめ。約束できる?」

「できる」

「じゃあいきましょう。先生も」


 村の中で迷子にならぬよう、今日のうちにキサラに村の中を一通り見せるというのは昨日のうちに決めていたことだ。

 イラガの声に、エリサンは頷いた。


「ええ、いきましょう。キサラさん、手をつなぎましょう」


 このような次第で、エリサンとイラガはキサラをはさんで横並びになった。それぞれ手をつないで、外へ出る。

 天気はよく、春の日差し。ところどころに雪は残っていたが、ほとんど溶けかかっていた。


「先生、どこから行きましょう」

「北側からまわっていきましょう。しっかり手をつないで、お願いします」


 キサラはエリサンが入院患者としてあずかっている状態である。万が一にも池や畑に落ちてけがをしたなどということがないように、手をつないでおくのは当然だった。

 そうした理由を当然イラガも知っているのだが、キサラをはさんでいるとはいえ、エリサンとも間接的に手がつながっていることを意識せずにいられなかった。


 なんだかこういうのは。なんだろうか。


 イラガは自分の感情がうまく理解できない。

 あいている手で、自分の尻尾をつかんでみて、落ち着こうとしてみる。それでも、うまくはいかなかった。

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