構いません!

 自分だけが自分を、認められていないのか。

 いや、それだけ自分がうまく周囲を欺いてきたということだろう。善人のふりをし続けているのだから、皆が騙されてくれたということだ。

 それ自体が罪ではないのか。


 本心を隠し続けて、偽の善意を振りまいて、それで神にすがっているだけの小心な愚か者だ。

 自分の評価はそこから変わってはいけないのだ。

 そう思っている。エリサンは本気で、そう考えているのだ。


 それでも、イラガの言葉は彼の気持ちを抉った。


「お言葉はありがたいのですが、とても受け入れられるものではありません。

 自分をどのように見つめても、善人とはいえません」

「先生は、そう思っているかもしれませんが、村の人は一人だってそんな風には思っていませんよ。

 いつだって自分のことを後回しにして、他人のためにしてくださるのが先生です」

「そうです。そうしていれば、私のことを善人だと思ってくれますからね。

 善人なら、模範的な神官なら、普通の医者なら、そういうことしか私は考えてなかったのです。

 それで私は苦しみから助けてくれと思っているだけです」


「私が助けるって言っているんです、先生」


 真正面からエリサンを見据えたまま、イラガは言った。

 目をそらすことができない。

 彼女は強い口調でつづけた。


「いつ助けてくれるかわからない神様なんて、待っていられません。

 私は今すぐにもでも先生の苦しみをなくしたいです。先生が死ぬというなら、私も死にますよ。

 どうせ、先生と出会わなかったら死んでいたんです。

 一緒に死んで、先生がいい人だって言ってあげます。私を助けたのは先生です。絶対それは、間違いないんです」

「今すぐには、死にませんよ。いつ死ぬのか、私にもわかりません」

「じゃあ私は、ずっと先生の傍にいてあげます。ずっと近くで、先生がいい人だって見ててあげます。

 だったらいつ死んでも、安心でしょう。私は先生が死んだらきっとすぐに後を追って、先生が天国にいけるように言いますから」


 めったなことをいうものではない、と言いかかった。死ぬ、死なないの話をしたいのではない。

 イラガは真剣だった。自分のためにここまで言ってくれているのだ。

 その気持ちを無駄にはできない。きちんと受け止めるべきだろうか。

 とはいえ、女性からこのようなことを言われては困るところだ。そこはしっかりくぎを刺しておくべきだろう。


 と、考えながらもエリサンは自分の身体が震えるのを感じた。イラガの気持ちが嬉しかったからだ。

 他人に心から向き合ってもらっているということが、久しぶりだったからだ。自分の本当の気持ちをぶちまけても、それでも自分のために言葉を尽くしてくれているのだ。

 こんなことは、なかった。

 嬉しいし、ありがたい。


 涙が出かかるのをおさえようとしながら、彼は言った。


「ずっと私の傍にいたのでは、イラガさんはいつまでも家庭を持てませんよ。

 ご結婚なさらないのですか」

「先生が救われるまで、近くにいます。先生がお望みなら、先生と結婚しても構いません」

「ご、ご冗談を」


 エリサンは焦って、イラガの肩をつかみ返した。引き離そうとしたのだ。

 イラガは押されるままに離れたが、「冗談ではないです」と返した。


「さあ先生、もう戻って休みましょう。本当に風邪をひいてしましますから」

「わかりました」


 手を引っ張られて、エリサンは立ちあがった。

 家に戻るとそのまま寝台に押し込まれて、お休みなさいと言われる。


「格好悪いところをお見せしました」

「いいんですよ、先生ですから。ところでもう、衝立はいらないですね」


 イラガは自分のスペースを作っていた衝立を持ち上げて、部屋の隅に移動させてしまった。


「先生が救われるまで、ずっと傍にいるんですから」


 無邪気な表情でそう言って、イラガは尻尾を振った。

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