病気が治った!

 タテハが母親と二人で訪ねてきた。

 しばらく前から歩くことできるようになり、熱も下がったということであらためてお礼に来たのだという。


「そのせつは本当にお世話になって。助かりました」


 母親が深々と頭を下げ、タテハも「ありがとうございました」とこちらを見上げてくる。

 エリサンとしてはすでに母親から事あるごとに礼をもらっていたため、これ以上は過分だと考えていた。


「とんでもない。私のしたことはほんのささいなものにすぎません。

 タテハくんが治そうという気持ちをもったことと、それをお母さんが傍で支えたからこそ、治ったのです。

 元気になって本当に良かったと思っています。その姿だけで、私にとっては十分な報酬です。

 それにこれまでにも色々といただいてしまって。これ以上お礼を頂いては、神様に怒られてしまいます」


 冗談めかして伝えると、二人とも納得してくれたようだ。

 母親はこれからも先生には村にいてほしいと言い、タテハは小さな植物の種を手渡してきた。


「これ、お野菜の種なんだけれど。今が種まきにいいんだ。うちの畑はもう一杯だからよかったら」


 なるほど、育ててみてはというのだろう。

 エリサンの住む家の庭には小さな畑がつくってあり、さらに隣地には大きな荒れ地がある。これもどうやら畑だったようだが、すっかり放置してしまっている。

 大きな畑をつくるほどの時間はなかったが、庭の畑にこの種を撒くくらいはできるだろう。畑仕事を試してみるのも悪くはない。


「ありがとう。これはうちで育ててみることにするよ。出来たら是非味見をしてほしいが、大丈夫かな?」

「まかせて」


 ニッコリ笑って、タテハは手を挙げた。ずいぶんうれしそうだ。

 彼女たちは機嫌よく帰っていった。

 その姿が見えなくなると、イラガは不機嫌そうに衝立の奥から出てきた。彼女はまだ粗末な貫頭衣を着ている。


「先生はずいぶん、機嫌がよさそうでしたね」

「ええ、そう見えますか。

 彼は私がこの村に来て最初に診た子で。長いことベッドから起き上がれていないと言っていました。

 私は水薬を何本か譲っただけですが、もうすっかりいいようで本当に良かったと思います」


 これは嘘ではなかった。

 いかに虚飾によって動いているとはいえ、健康を取り戻した人をみることは彼にとっても喜びである。


「そうでしたか。先生が嬉しいならよかったです」


 少し慌てた様子で、イラガは言いつくろった。

 あからさまに不機嫌な様子だったのに、今度はそれを誤魔化すような態度なのだ。

 エリサンはこれに気づいてはいたが、深く考えないようにした。


(年頃の女の子には、色々あるのでしょう。それにもし何か私に隠し事しているとしても、別にどうでもいいですし)


 イラガが弓で自分を射抜き、殺してくれることを期待するようなエリサンである。

 あれこれ詮索するような真似はしなかった。


「はい、イラガさんはどうですか。

 薬を塗ってからそろそろ一週間です。かゆみが戻ったり、腫れがでたりはありませんか」

「あっ。それは全然問題ありせん。見てください、毛皮が少しずつ戻ってるんです! 髪も」


 ぶかぶかの衣服から両手を伸ばして、イラガは右肘のあたりを見せてきた。腫れあがってガサガサに荒れていた皮膚はすっかり綺麗なものとなり、茶色の毛皮が下地をつくりつつある。

 獣人の皮膚がこのような状態にあるのは、エリサンも何度か見たことがあった。回復しつつあるとみて間違いない。


「よかった。もうすっかり、いいようですね。

 ではもうその衣服は必要ないでしょう。あなたが最初に着ていた服を、消毒しておきました。

 今度からはこちらを」


 エリサンは粗末な服を着せていたことを申し訳なく思いながら、大事にしまっておいた服を出してきた。

 これはイラガが獣人の集落から着てきた服である。

 垢と泥でズタズタになっていたはずだが、破れが補修され、また清潔にされていた。


「お湯で消毒しましたので、汚れもだいぶ抜けたとは思います。

 ただ、少し損傷がひどかったので前と違ってしまっている部分もあるかと思います。私はあまり器用ではないので」

「先生、そんな。ここまでしてもらって」


 イラガはあわてて首を振った。

 正直言って、獣人の集落のことは彼女の中で切り捨てた過去のものとして処理されつつあり、そこから着てきた衣装などどうでもよかった。だが、エリサンが自分のためにこうまでしてくれていたということが嬉しかったので、素直に感謝して受け取る。


「それともうひとつ、お渡しするものがあります。

 イラガさん、これが必要ならお使いいただければと思います」


 さらに何かくれるというのか。イラガは不思議に思いながらもう一つ受け取った。

 黒っぽい布地に見えるが、かなり大きい。

 広げてみると、フードのついたマントだった。イラガの身体がすっぽり、膝のあたりまで隠れるような大きさだ。


 これは、集落からもってきた服を着るのなら、確かに必要だった。


「ありがたく、使わせてもらいます」


 イラガはこれを受け取って、頭を下げた。

 先生はずいぶんずるいなと彼女は考える。


(自分が受けるお礼は「過分だから」といって断っているのに、どうして私にはこうまでしてくれるのだろう。

 恩を返そうと思っているのに、これじゃもらってばっかりになってしまう)


 そう思いながら衝立の裏で着替えて、マントを着込んだ。

 この姿なら、毛皮の治りきらない肌を、他人に見られずにすむ。

 だったら。

 すぐにも、山に入って獲物を見つけてこなくては。雪が降る前に。


「少し外に出てきてもかいませんか、先生」


 イラガは弓を用意しながら、許可を求めた。

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