狩人は手伝いたい
「怪物かと思ったが、違ったんだな。伝染するとかはないのか?」
村人の一人、ハスオはいつものようにマッサージを受けながら、エリサンの話を聞いていた。
彼は最初にエリサンの施術を受けて、村中に広めた男である。
今日はエリサンからイラガの話を聞いて、自分たちの勘違いを知ったところだった。
「見た目がはっきり変わってしまう病気なので、心配でしょうが、あまり心配はいりません。
人間には非常にかかりづらいですし、かかっても非常に軽症ですみます。
万一のことを考えて、もうしばらく家の中で過ごしてもらいますが」
「へえ、そうなんだな。しっかし獣人ってのは大変だな、あんな病気があるなんて」
ハスオは治療中の怪物にまだ会っていない。
エリサンは彼女をまだ、村人たちに引き合わせてはいなかった。
「そうですね。ハスオさんの腰はどうですか?
少しは抑えられていますか?」
「どうって言いうか、前よりずいぶんいいんだ。寝て起きたら痛むってのもなくなってなあ」
「あまりご無理はしないでください」
「わかってるとも」
施術を受け、ハスオは機嫌よく帰っていった。今日はキジ肉を置いて行ってくれたようだ。
エリサンのいた教会では、肉食を禁じてはいない。ありがたく頂戴した。
さっそく昼のスープに入れることにして、下ごしらえを始める。
「エリサン、何かいいにおいがしますが。もしやお肉ですか」
衝立の上から、イラガが顔を出してきた。
イラガはエリサンの家に入院しているような格好だが、個室をあげられるほど家は広くなかった。
このため、衝立らしいものをしつらえて、部屋の一部を隔離した。これがイラガのための空間になる。
彼女は背伸びして衝立から顔を出し、周囲を覗き見るということを好んだ。
野菜を切っていたエリサンは頷いて答えた。
「はい、いいお肉を頂きました。じっくり煮込みますから、もう少しお待ちください」
「楽しみです」
イラガは貫頭衣を着ているが、そこには大きなフードもついている。
これをかぶることで、彼女の姿はほとんど隠れてわからない。毛が抜けて荒れた素肌を晒さなくていい、というだけで彼女は喜んでいた。
エリサンが留守の間に誰かが来たらどうすれば、と思ったがそのようなこともなかった。
留守であることは表の扉に示してから彼は出かけていたのである。
イラガの着たものや触れたものは念のために一度湯につけて殺虫しなくてはならない。
井戸は近くに共用のものがあったが、薪が必要だった。
食糧も村人から分けてもらうものだけではいけないし、薬も買いに行くには遠い。
様々なものを集め、作らなくてはならなくなっている。
エリサンは多忙だった。
湯を沸かし、薬の都合に、手のかかる食事の準備。
その様子を見ながら、食っちゃ寝の生活ができるほどイラガは落ちぶれてはいない。彼女は、できれば手伝いたいと申し出たが、却下された。
「お気持ちはありがたいのですが、今は病気を治すことだけを考えてください」
「なら、治ってからエリサンを手伝います」
「そのお気持ちだけで十分ですよ」
エリサンは優しい表情でそう言ってくれる。だがイラガは、その奥に寂し気なものを感じずにはいられなかった。
意を決して、イラガはこう言った。
「弓とナイフを貸してくださいませんか」
「弓ですか。何に使われるのです」
「訓練をします。身体を動かしておかないと」
言われて、エリサンは考える。
今の状態でイラガの年齢は推し量れないものの、若い部類に入るはずである。
いつまでもベッドでじっとしているというのも確かに酷だろう。しかし、武器を与えてしまってもいいものか。
「弓の訓練をしなければ、鈍ります。ナイフで木を削って矢をつくります」
イラガはまっすぐにエリサンを見ていた。弓やナイフをもらったからといって村人たちを傷つけることはまずないだろう。
しかし、自分はどうだろう。目の前で倒れたからと言って、家に運んできたがこれは誘拐ではないのか。
このことを彼女が内心に憎んでいて、殺してこようとしている可能性はないのか。
そこまで考えてエリサンは息を吐く。
(いや、殺してくれるなら好都合だろう。早くそうして欲しいものだ)
思い直したエリサンは優しい神官の顔をつくって、こたえた。
「わかりました。弓はわかりませんが、猟師の方に譲ってもらえないか聞いてみましょう。
ナイフなら予備のものがありますので、差し上げますよ」
立ち上がって、カバンの中を探った。取り出したのは、頑丈そうなつくりのナイフだ。
やや小ぶりだが、十分に切れ味があるはずだった。
これを鞘ごと、イラガに持たせた。
「あなたは狩人なのですね。であれば、言うまでもないとは思いますが、くれぐれも取り扱いには気を付けて下さい」
「ありがたくお借りします。端材を少しもらって構いませんか」
端材とはいうが、イラガが指さしているのはそこそこ大きい木材だ。
もっていかれるとまた手に入れるのは面倒なのであげたくなかった。が、エリサンは頷いた。
「構いません。どうぞ」
イラガは礼を言って、それを早速ナイフで削り始めた。慣れた手つきである。
削られて落ちた木屑はせめて集めて、焚きつけにすることにしよう。
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