【2】さあ、のんでかけ
サカモト
さあ、のんでかけ
いつの間にか、ぼくの住んでいるマンションの最上階がカフェになっていた。
店主はハンサムボブカットの十六歳で、三白眼の女の子だった。店は彼女が学校の終わった放課後から開店する仕組みになっている。
今日も彼女の店へ向かう。エレベータにのって、最上階まで向かう。
住んでいるマンションは、いたって、ふつうの七階建てのマンションだった。周辺も、ふつうの住宅地にすぎない。そのカフェは同じマンションの最上階にある。前までは最上階は大家さんの家だった、いまはその広め部屋を改装して、カフェを営業している。
カフェの店長は、つのしかさんという女の子だった。名札には『店長の、つのしか』と中途半端な自己紹介文章で書いてある。彼女は十六歳で、高校の授業を終えた放課後に、この店を開いていた。彼女がこの店をやっている経緯は知らない。三白眼で、やや鋭さのあるボブカットのひとだった。
そして、店にはいつも、あまりお客さんがいない。
今日にいたっては、お客さんは、ぼくひとりだった。
ぼくは、なんとなく、いつも座っている窓際の席へ腰を下ろし、スマートフォンを片手に頼んだレギュラー珈琲がやって来るのを待っていた。
やがて店長のつのしかさんが、いつものエプロンと、安定した三白眼で珈琲を運んでくる。
テーブルの上へカップを置き、そして、ぼくへいった。
「あなた何者」
いきなり尋問だった。
珈琲を運んで来て、ごゆっくり、どうぞ、とかじゃないのを言って来る。
でも、時間差で「はい、レギュラー珈琲です」と、運んできたメニューを言った。。
こちらは大いに怯んだ。そして、つのしかさんはカウンターへ帰らない。
回答待ちらしい。
「ぼく、ですか」
「はい、毎日のように夕方にここに来るので、気になって」
「ええ、はいまあ」
「お金とかは大丈夫ですか」
「いえ、ぼくは学生です」といった後で「えっと、あ、高校、うち、制服、私服でいいんで」と、勝手に補足していた。
「ほう」
「あ、で、で、このマンションに住んでます」床を指さして教えた。「ずっと、両親ともども」
「ヒマなんだね」
「決定事項として言って来たし」と、言葉にして口に出した後で、ぼくは「いえ、あの、でも部活をしています」と、はね返す。
ヒマではないと、主張しておく。
「部活」と、つのしかさんはいった。
「はい」と、ぼくはうなずいてみせる。
「ぬいぐるみのクビをもぎ取る部、とか」
「ぬいぐるみのクビをもぎ取る部、とかではないです」
「小さな子どもが落としたお母さんの手作りの、ぬいぐるみのクビをねじり切る部、とか」
「小さな子どもが落としたお母さんの手作りの、ぬいぐるみのクビをねじり切る部、とかではないです。あの、すいません、さっきからそれ、脳のどの部分から生産して、ぼくにぶつけてきてますか」
「なら、何部なのですか」
こちらの問いかけは無視して、つのしかさんは独特の間合いで問いかけてくる。
正直、入っている部についてあまり人に教えたくなかった。自動的にちょっと自尊心が邪魔する。でも、いまは彼女のペースと視線にすっかりやられていて「あの、文芸部」と、つい、答えてしまった。
「なんと」
つのしかさんはかるく驚いてみせた。そして、表情を戻す。
三白眼で見据えてくる。
「あれ、でも、あなたは、毎日ここにいるし。どうも熱血して部活しているようには見えない。放課後ここじゃなくて、部室にいなくていいの」
「いえ、部活中なんです、ここで。このスマホで文章を書いてるんです。書いたら文章はネットで公開して、他の部員も読めるようにして。で、それをみんなで読み合って、感想とか書き込んだりして。スマホがあれば部室はいらないので、うちの部。だから部室はないんです。まあ、しいていえば、部室はネット上へあるというかべきか」
話ながらスマホを見た。今日も、部員のみんなが、新しい文章を公開している。読んでいると、みんなの顔が浮かぶ。
楽しそうに書いている顔、やっきになって書いている顔、悩んでいる顔。
今日も、みんなの喜びと死闘が垣間見れる文章たちがアップされている。
「家でも書いてるですけど、ここだと、なんか気分が変わって。おもしろいのが書ける気がして」
それも正直に、つい話してしまう。
「なるほど」その話をすると、つのしかさんはうなずき「わかった。だから、よくここにいるのですね」といった。
もしかして微笑んでいるのか。
と、思った矢先。
「よかったあ、カフェ強盗の下見とかじゃなかったのね」
「裁判にボロ負するないだろう一言を、よくお客へいえますね。リスク管理意識ゼロ生物でしょうか」
どうやら、その疑いを解消するための尋問だったらしい。じんせい初の、強盗疑いをかせられる。
そして、つのしかさんはカウンターへ戻りながら言った。
「さあ、のんでかけ」
【2】さあ、のんでかけ サカモト @gen-kaku
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