第44話「成長とその為の手段」

ゴーレム武闘大会まであと20日。この日、サイにある転機が訪れた。

ジェネとのいつもの魔法の訓練。サイがジェネ目掛けて攻撃魔法を撃ち、ジェネがそれを魔法で相殺する。

そんな攻撃魔法の威力を向上させる為の訓練をしていた時……。


「ファイヤーショット!」


「……!」


ジェネは、サイが放ったファイヤーショットを見て少し驚いたような表情を見せる。

通常のファイヤーショットは猛々しく燃え上がる炎の色をしていたのだが、その日サイが放ったファイヤーショットは、僅かに黒紫色の炎を帯びていたのだ。


「ダークファイヤーショット!」


だがそれに見とれている訳にもいかず、ジェネは向かってくるファイヤーショットを、その上位互換と呼ぶべき魔法、ダークファイヤーショットで打ち消した。


「ジェネ!見た?今の!」


「あぁ、ファイヤーショットが、ダークファイヤーショットに変化する、その片鱗が見て取れたね。ダークファイヤーショットを使えるようになる日はそう遠くは無いだろう!」


「やった……僕の魔法の腕は前よりも向上してるんだ!ありがとうジェネ!君のお陰だ!」


「気が早いな。感謝するのはゴーレム武闘大会が終わってからにしたまえ。」


「そ、それもそうだね……。」


サイの成長、それはジェネにとっても嬉しい事であった。

このまま彼が成長していけば、もう彼が、ジェネと出会う前のような悔しい思いをしなくて済むのだから。


「2人とも〜!夜ご飯できたわよ〜!」


「「はーい!」」


夏なのでまだ日は沈みかけてる状態だが、もう夜になったのでキリマが2人を食卓に呼び、2人は訓練を終え夕食を食べる事にする。


今日の夕食はカボダラ(ウリ科の野菜)のスープとパンで、サイとしては好き嫌いせずしっかりと食べられるような食事だった。

サイはいつものように黙々と夕食を食べるが、ジェネはカボダラのスープを1口した瞬間、キリマに顔を向ける。


「キリマさん。このスープ……とても美味しいですね!こんな美味しいスープ食べた事ありません。」


「それは良かったわ!また作るわね。」


「本当ですか?ありがとうございます!」


「ジェネさんは、好きな食べ物はある?食べたい物があったら遠慮なく言ってね。」


自分の作った料理を褒められて、嬉しくなったキリマは、料理のリクエストをジェネに聞いてみた。

それに対して彼女は自分の好物を隠すこと無く答える。


「そうですね〜……ウラジ(魚の1種)の蒲焼きが好きです。」


「ウ、ウラジはちょっと……。」


「高級品だよ?」


ジェネの好物を聞いて反応に困るキリマと、それは高級な食品だと返すサイ。最も、そういう事をジェネが知らないのは無理もない話なのだが。

ここでジェネは「私の時代ではウラジは高級品では無かった。」と言おうとするのを、サイの両親に自身の過去を明かすには適切なタイミングがあるだろうと考えた故に抑える事にする。


「そ……そ〜なんですね〜知りませんでした。ウラジが高級品だなんて、アハハ……。」


「ウラジはね、あまりの美味しさから一時期乱獲されてて……このままでは狩り尽くされて絶滅するんじゃないかと思った国王様が、ウラジの漁を厳しく規制したんだ。」


「そ、そうなんだ……。」


ジェネはサイの説明を聞いて納得した。彼女は前世でウラジを食べた事があり、その美味しさに心を奪われてしまっていたのだ。


「それは……仕方ない事とは言え、昔と比べて嫌な時代になったね。」


「昔……?ジェネさんはまだ若く見えるけど?」


「あぁいや、適当に言ってみただけです、アハハ……。」


キリマに指摘されるも、なんとか言い訳をするジェネ。それに対してキリマは、現代には悪い面だけではなく、素晴らしい面もあると言う事をジェネに伝えようとする。


「そ、それでも食の文化は数十年前よりは向上したと思うわよ?このカボダラのスープには味付け用の塩が使われてるんだけど、40年ぐらい前は貴族の人しか使えなかった貴重品である塩を、食事の研究をしていたソルティ・シュガーミンさんが一般家庭にも流通させて、そのお陰で塩を一般家庭でも使えるようになったの!


そのお陰で、現代の家庭の食事は、過去の時代の貴族の食事に勝るとも劣らない出来栄えになったとも言われているわ!」


「それは凄い!」


ジェネはかつて並外れたモンスター討伐報酬金を1人で稼ぐ程の冒険者であり、故に庶民が食べられないような豪華な食べ物も頻繁に食べていた。

だが、今ではこのカボダラのスープのような完成度の高い食べ物が一般家庭で作られ、食べられているのだと考えると、彼女は時代がいい方向に変わったのだと実感し、先程の「嫌な時代になった」と言う発言を取り消さざるを得なかった。


この世界には魔法がある。魔法は魔力によって使う事ができ、魔法は日々の健康的な食事によって培われる。

この世界の食事とは、魔法を使う者達にとって大切な行為に他ならないのだ。

そして、サイとジェネの日常は過ぎていき、ゴーレム武闘大会の日は刻一刻と迫っていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る