02 美貌の生徒会長


「俺はこの脩湧館高校で生徒会長をしている那須という」

 美の女神のような男がにっこりと笑って言った。

「早速だが、春の行事で君に生徒会の仕事を手伝ってもらえないかと思ってね」

 ざわざわしていた食堂に悲鳴のようなどよめきが起こって、いっそう賑やかになった。


「は?」

「内部進学生の方はもう決まっているんだ。外部入学組からは君にお願いしたい。後で俺の部屋に来てくれないか」

「はあ」

 慎重な祐太郎が返事を決めかねている内に、那須は言うことだけ言うとさっさと行ってしまった。


「へえ、なるほどな。やっぱりお前に決まると思っていたぜ」

 隣に座った佐野がニャリと笑って話しかけて、やっと祐太郎は我に帰った。

「ええと、ぼ、ぼ、僕が──」

「気持ちは分かる。はじめてアレを見ると誰もな」


 えらく綺麗な男にポーとなっている内に事は決まってしまったらしい。しまったとかどうしようとか思っても決まってしまった事はどうしようもないと、真面目な祐太郎は諦めて情報の収集に乗り出した。


「い、今の人は生徒会長なんですね」

「そうだ。那須さん。那須史章」

「春の行事って、何をするんですか?」

「そうだなあ。外部入学者と内部進学生の融和を図るために行事があるんだよな。まあクラスマッチみたいなものかな」

 佐野が大雑把な説明をする。

「そうですか」


 何がなにやらよく分からないが、佐野のクラスマッチという言葉にとりあえず祐太郎は頷いた。慎重だけれど、決めたことはきっちりやらねばならないという使命感に燃える生真面目な性格でもあったのだ。不安な思いは拭いきれないが。

 側で佐野が面白そうに祐太郎を見ている。



 夕飯の後、佐野に教えてもらって生徒会長の那須の部屋に向かった。

 ドアをノックすると那須がドアを開けてにっこり笑った。この笑顔は心臓に悪いと思いながら祐太郎はおずおずと部屋に入った。


 祐太郎たちと同じ部屋のようだが広く感じるのは一人部屋の所為か。部屋には既に何人かの生徒が来ていた。ソファとテーブルがあって各々好きなところに座を占めている。


 祐太郎は先に来ていた二人の少年と一緒に並ばせられた。

 片方は真直ぐの茶色いサラサラの髪をした色の白い少年で、もう一人は髪がくるくるで瞳の大きいどちらも女の子みたいに愛らしい少年だった。

 祐太郎は目をぱちぱちさせてその少年達を見た。少年達は祐太郎と目が合うと、ツンッと顔をそらせた。


 カチャと音がして目の前に高そうなティーカップが置かれる。置いた男を見上げるとふっくらした頬にえくぼが浮かんだ。入っているのはミルクティーのようだがいい香りがする。


(このカップはいくら位するのか、こんな所で使って割れたら勿体無い。大体、生徒会の集まりにこんな高そうなお茶を出すなんて勿体無い。ペットボトルで充分じゃないか)


 心の中で電卓を叩きながら、出されたものは残してはいけないと、祐太郎はお茶のふくよかな香りを味わった。


 祐太郎で最後だったのか生徒会長の那須が紹介を始める。

「こちらが手伝ってくれることになった秋元祐太郎君と鳴海智紀君それに小平真澄君だ」

「今年のラプンツェルは粒ぞろいだな」とそこにいた上級生の一人が言った。


(ラプンツェル……?)


 会長の那須はにっこり笑って今度は上級生を紹介しはじめた。

「彼が副会長の上尾君」

 眼鏡をかけた理知的な男が軽く頭を下げた。

「会計の佐久間君と小宮君──」

 細くて神経質そうな男と、さっきお茶を入れてくれた小柄でふっくらした男がよろしくと言った。

「書記の関君と山岸君──」

 黒ぶち眼鏡にツンツン頭の男と大人しそうな男がコクコクと頷いた。

「議長の奥平君と副議長の若尾君──」

 ラプンツェルと言った男がよろしくと言った。大柄で顔の造作も大柄な男だった。彼の横で切れ長の目をした男がニッと笑う。

「俺が生徒会長の那須だ。よろしく頼むよ」

 最後に那須が自己紹介して、早速行事についての説明を始めた。


「今日集まってもらったのは他でもない、恒例の脩湧館春寮祭についてだ。今年のラプンツェルは秋元君と鳴海君と小平君にやっていただくことになった」

 そこで先輩一同がパチパチと拍手をする。


「いずれ劣らぬ美女ばかりだ。ぜひとも今年の春寮祭も盛り上げようではないか」

 皆が一斉にオーと声を上げる。何の事やら分らずに祐太郎一人が取り残された。



 盛り上がっている中で聞くことも出来ず、寮部屋に戻って佐野に聞く。

「ラプンツェルって何でしょうか……?」

 佐野はニヤニヤ笑って祐太郎に説明を始めた。自分と同室になった男が面白くて仕方がないらしい。


「高等部の春寮祭の行事でさ、塔の中に閉じ込められたラプンツェルを救う側と守る側に分かれて争奪戦をやるんだ」

「争奪戦ですか? 僕は何をするんでしょうか」

「別に見ていりゃいいんだよ、その時は」

「その時は?」

「まあ、褒美とかあるし──」

(褒美って何だ?)


 佐野はニヤニヤ笑って頑張れよと言った。祐太郎はじっと考えていたが、やおら顔を上げ佐野に向かって聞いた。

「ええと、それをやることでバイト料とか出ませんよね」

 佐野が驚いたような顔をした後ブハッと爆笑して、祐太郎はこりゃあダメかと溜め息を吐いた。



 祐太郎は自分の外見について一応気を使っていたが、家計を預かる身で興味は貯金と料理と家の整理整頓とに向けられ、何よりも父親の見てくれをどう調えるかということに一番の関心があった。つまり少々ファザコン気味であった。

 真ん中から分けた真直ぐの黒髪と黒い瞳を持つ、どこからどう見ても美少年の祐太郎であったが、ずっと普通の世間で生きてきたので、ここがゲイの巣窟で、自分がとんでもない所に来たなんて、まだ全然ちっとも気が付いていなかった。

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