ラプンツェル

綾南みか

01 訳アリ高校に入寮する


 入ったときは親切だった。でも、その子は少年の成績が自分より良いと知って掌を返した。冷たくするだけでは済まなくて仲間を語らって一緒に苛めた。

 その日、誰もいない教室に呼び出されて少年は暴行を受けた。殴られ、足蹴にされ、ボロボロにされた。

「誰か──!!」

 でも、助けてくれる人は誰もいない。その時だった。

「君達、何をしているんだ」

 駆けつけて来た男がいた。少年は助けられた、けれど──。



 * * *


「秋元ーー、脩湧館に行くんだって?」

 卒業式間近の教室で、秋元祐太郎は級友達に聞かれた。


「うん。父が南米に出張になって」

「あすこ金持ち校だろ。おまえん家、金持ちだったんだ」

「いや、寮があって、レベルもそこそこで、実家から近いからって父が……」

「レベルがそこそこー? まあ、お前の頭じゃあ、なあ」

「俺ら、お前がいなくて一人分助かるけどよー」

 級友達は自分の入試の方に関心が移った。


 祐太郎は憂鬱だった。母親はとうに亡くなって、ずっと父一人子一人で暮らしてきたのに、父は祐太郎が付いて行けないような場所に二、三年も出張するという。

 祐太郎は溜め息をコソッと吐いた。クソ真面目で石橋を叩いても渡らないような慎重な性格の祐太郎の前に、環境の激変が待っていた。



  ***



 春爛漫、祐太郎は不安な面持ちで新しい学校を見回した。

 高い鉄製の白い門扉を入ると、ドーンとまっすぐな広い路がある。路の両側に植えられた銀杏やプラタナスや桜。

 左手にある校舎は二階建てあるいは三階建ての近代的な建物で、右手には広いグラウンド、奥の丘の頂にこれから祐太郎が生活する四階建ての寮がある。


 父親が海外出張になって祐太郎は日本にひとり残ることになった。借りていたマンションを引き払い、すでに伯父の代になっている実家が近いからという理由で、父の選んだこの脩湧館高校に入学したのだ。


 脩湧館は中学部もある全寮制の男子高校だった。中学時代の級友達の噂によれば金持ち校だという。ごく普通の真面目なだけがとりえの祐太郎は、自分が間違ったところに来たのじゃないかと校門を一歩入ったときから感じていた。


 入学式を終え、寮に案内されてその思いはさらに膨らんだ。

(ずっと父一人子一人で倹約に勤め真面目に生きてきたのに。ここは何だ!)


 まるでマンションみたいな寮である。玄関を開けて入ると、吹き抜けになった広いロビーがある。劇場みたいな階段があるがエレベーターも付いていた。部屋は二人部屋だがバストイレ付きだし、ベッドは二段ベッドではなく普通のシングルベッドがちゃんとある。


 祐太郎は自分の制服をきちんと畳んで私服に着替え、質素な荷物を解きながら、受験する学校を父親に任せっきりにしたことを後悔した。

 何しろ父の出張が突然決まったこともあって、受験出来るところが少なかったのだ。自分でじっくり調べていたら、こんな場違いなところには来なかった筈だ。


 学費は高いし、寮費も高い。祐太郎には立派な校舎やマンションのような寮より、その費用の方が気になった。整理していた荷物の中から電卓を取り出してピポパと計算をした。


(こ、これだけあったらアパートが借りられるじゃないか!)

 何もこんな所に来なくても、近所の公立校に進学すれば良かった。食費がかかるし自炊も大変だけど、きっと何とかなる筈だった。父が祐太郎の事を心配して、こんな所に入れたのだけど。

 勿体無いと思いながら計算する。もはや習性である。こんな贅沢をする位ならもっとほかに使い道はないのかと考える庶民の祐太郎だった。



「いらっしゃい」と言われて振り返る。

 背の高い少年がドアにもたれて立っていた。髪は短く切りそろえ、薄い髪色と薄い瞳の色をしていてなかなかハンサムだ。ぶかぶかの制服姿だった祐太郎と違い、ミッドナイトブルーの詰襟が板に付いている。


「俺、同室の佐野。どんな奴が来るか楽しみにしてたんだ」

「あ、はじめまして。秋元祐太郎です。よろしくお願いします」

 祐太郎が立ち上がって深々と丁寧に挨拶をすると、同室の佐野は一瞬キョトンとして次に爆笑した。


「お前、ドコの坊ちゃん?」

「ただの庶民です」

 何で佐野が笑うのか分らなくて首を傾げながら答える。

「まあいいか。よろしくな」

 笑った顔のままで握手を求められ祐太郎は素直に手を出した。しかし、相手はその手を取って祐太郎の足を引っ掛け柔道技の内またをかけてきたのだ。


「わっ」と背中から床に落ちた祐太郎に、更に押さえ込みをかける。

「な、な、な、何ですか!?」

「お前って、美味そうだよな。俺一番に手をつけようかな」

「手をつけるって…?」

 祐太郎は訳が分からなくて何をふざけているんだろうかと思っていると、佐野は祐太郎の顔を押さえて何と唇を近づけてきたのだ。


 これ以上ふざけられるのは堪らない。

 祐太郎は佐野の制服をグッと握ると、足裏を当てて佐野に巴投げを食らわした。ドスンと佐野は投げ飛ばされた。

「痛てえっ」と佐野は背中を押さえて顔を顰めた。


「わっ、すみません。大丈夫ですか」

 つい投げ飛ばしてしまった。祐太郎は慌てて佐野のところに飛んで行って抱き起こす。

「いや、お前、やるな」

 佐野は腕を振って起き上がり、カラリと笑った。

「今度こそよろしくな」

「あ、よろしく」

 佐野が笑ったので、祐太郎はホッとしてもう一度佐野に手を出した。



 荷物を片付け終えると夕飯の時間になった。

 中学部からいるという佐野に案内されて一緒に食堂に行くと、先に食事をしていた連中がどよめいた。しかし祐太郎がそれを気にしたのは一瞬だった。トレーに並べられたメニューを見てまた頭の中でピポパと電卓を弾く。


(冷凍のエビフライに、業務用のスープとサラダ。このご飯はブレンド米か……。高い……。こんなことならやっぱりアパート暮らしにすればよかった)


 心の中で電卓を弾いても、やっぱりお腹は空いているし勿体無いしとせっせと寮飯を詰め込む祐太郎は、皆がどういう目で自分を見ているかなんて全然気が付きもしなかった。


 一度はただの喧噪に落ち着いた食堂がまたどよめいた。人数が多くてそれらが立てる物音でうるさい上に、そのどよめきで祐太郎はうるさい食堂だなと思いつつ目を上げた。祐太郎の座っている席に向かって真直ぐ歩いてくる男がいる。


(男だろうか…? 男だよな、ここは男子校だし……)

 随分と綺麗な男だった。項までの髪は栗色で明るい食堂の照明につやつやと輝いている。二重の綺麗な瞳、ピンクの唇、白い肌。お付のように後ろに何人かの生徒を従えている。男は祐太郎のところまで来て声をかけた。


「君が秋元祐太郎君かい?」

 耳に優しいハスキーボイス。声までが綺麗な男だった。隣に座った佐野が祐太郎を肘で突付いて小声で言った。

「生徒会長の那須さん」

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