第2話 家デートの罠

 チセはトオルとの幸せな恋人生活を満喫していく。

 それはまさに順風満帆であった。

 自室に置いているぬいぐるみのティンクルに話し掛けることも、すっかりなくなった。

 もう、彼女は孤独ではないからだ。

 大好きな人と結ばれたのだから。

 だから、もう寂しくなんかなかった。

 ……そう、思っていた。


「やぁ、チサちゃん。待った?」


 ある日の放課後のこと。

 一緒に下校するために校門付近で待っていたところ、彼がやってきた。


「ううん、大丈夫だよ」


 笑顔で答えるチサであったが、内心ではドキドキしていた。


(えへへ……今日も格好いいなぁ)


 元々顔立ちは整っている方だったが、付き合ってからはより魅力的に見えるようになった気がする。

 きっと、恋をしているせいだろう。


「それじゃあ行こうか」


 自然に手を差し出してくるトオル。

 その手をしっかりと握り返しながら、チサは歩き出す。

 そのまましばらく歩いていると、不意に声をかけられた。


「なあ、今日はウチに寄っていかないか?」


「えっ?」


 思わず聞き返してしまったが、よく考えてみれば不思議なことではないのかもしれない。

 なんせ、自分たちは付き合っているのだから。


「う、うん……いいよ」


 頬を赤らめながら答えるチサに、トオルは満足そうに頷いた。

 その後、二人は並んで歩く。

 傍から見れば、仲の良いカップルにしか見えないことだろう。

 実際その通りなのだが、当の本人たちは気付いていないようだ。


(なんだか緊張してきたな……)


 そんなことを思いながらも、チサはトオルの家へと到着する。


「お邪魔します……」


 小さな声で呟きながら中に入ると、トオルは飲み物を用意してくれた。


「はいどうぞ」


「あ、ありがとう……」


 お礼を言って受け取ると、一口飲む。

 すると、口の中に爽やかな風味が広がるのを感じた。


(美味しい……)


 あまり飲んだことのない味だが、とても飲みやすいと思った。

 これなら何杯でも飲めそうだ。

 そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんだ。


(あれ? なんで私、ここに居るんだろう?)


 確か、家に帰ろうとしていたはずなのだが、どうしてこうなったのだろうか。

 いや、理由は分かっている。

 トオルに誘われたからだ。


(そっかぁ……私はこれからトオルくんと……)


 そこまで考えたところで、急に鼓動が激しくなるのを感じた。


(ど、どうしよう!? まだ心の準備ができてないのに!)


 慌てるチサをよそに、トオルは優しく語りかけてくる。


「大丈夫かい? 何だかボーッとしているみたいだけど」


「う、うん……平気だよ」


 慌てて取り繕うチサだったが、頭の中はパニック状態になっていた。


(落ち着け私……! こういう時こそ冷静にならなきゃ……!)


 深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせる。

 よし、これで大丈夫だ。

 そう思った直後だった。


「……ねぇ、キスしてもいいかな?」


「ふぇっ!?」


 唐突な発言に驚くチサだったが、なんとか平静を装おうとする。

 しかし、そんな彼女の反応を見たトオルは小さく笑った後、再び顔を近づけてきた。

 そして、そのまま唇を重ねる。


(んっ……柔らかい……)


 初めての感覚に戸惑うチサだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。


(これが大人のキスかぁ……)


 そんなことを考えながら身を任せていると、やがてゆっくりと唇が離れていく。

 同時に、二人の間に銀色の橋がかかった。

 それが切れると同時に、チサは言った。


「ねえ、もっとしよ……?」


 その言葉を聞いた途端、トオルの表情が変わったような気がしたが、気のせいだろうか?

 だが、今はそんなことどうでもよかった。

 今の彼女には、目の前の愛しい相手しか見えていないのだから……。


「チサちゃん、好きだよ」


 耳元で囁かれる甘い言葉に、胸が高鳴るのを感じる。

 それと同時に、下腹部の奥が熱くなるような感覚を覚えた。


(なんだろうこれ……?)


 今まで経験したことがない感覚に襲われながらも、チサはそれを受け入れた。

 何故なら、愛する人が与えてくれるものだから……。


「俺、チサちゃんと次の段階に進みたいんだけどいいかな?」


「それってつまり……」


「ああ、そういうことだ」


 その言葉と同時に押し倒されるチサ。

 抵抗することもなく受け入れてしまう。


(ああ……ついにこの時が来たんだ……)


 そう思いながら、彼女は静かに目を閉じた。

 だが、いつまで経っても何も起こらないので目を開けると、そこには微笑むトオルの姿があった。


「えっと……?」


「チサちゃん。今まで黙っていたんだけど……俺にはちょっと変わった性癖があるんだ」


 唐突にそんなことを言う彼に、首を傾げるチサ。

 そんな彼女の頭を撫でながら続ける。


「聞いてくれるか?」


「……うん」


 彼の言葉に頷くと、彼は話し始めた。

 その内容はとても信じられないものだった。


「実は俺さ、一人でエッチなことをする女の子が好きなんだ」


「…………え?」


 一瞬何を言われたのか理解できずに呆然としてしまう。

 そんな様子を見て苦笑しながらも話を続ける彼。


「こうなんというかさ、女の子が自分で慰めている姿を見ると興奮するんだよね」


 そう言いながらも視線はこちらの胸や下半身に向けられていることに気付いたチサは、ようやく言葉の意味を理解した。


(この人は私の……アレが見たいって言ってるの……?)


 普通なら怒るべきところだが、何故か怒りがわいてこなかった。

 それどころか、むしろ興奮していたほどだ。


(もしかして私って変態なのかな?)


 そんなことを考えている間にも話は進んでいく。


「それでさ、できれば目の前でやって欲しいんだけどダメかな? あ、もちろん嫌なら断ってくれても構わないからさ」


 そう言ってくる彼に対して、チサはゆっくりと口を開いた。


「……わかった。いいよ」


 そして、服を脱ぎ始める彼女を見て、トオルは静かに邪悪な笑みを浮かべた。


(くくく……。賭けは俺の勝ちだな!)


 心の中でガッツポーズをする彼に気づかず、チサは下着姿になると恥ずかしそうに身を捩らせる。

 そんな姿に満足した様子のトオルは、彼女に近付きながら言った。


「それじゃあ、始めてくれ!」


 その言葉に小さく頷きを返すと、チサは自分の胸に手を伸ばした。


(うう……恥ずかしいよぉ……)


 恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまうが、それでも手を止めることはなかった。

 ――そして、彼女が”それ”を終えたときだった。


 ガララッ!

 バタッ!!

 ドタドタッ!!!

 トオルの部屋のクローゼットやドアが勢いよく開かれると、そこから複数の男子生徒たちが入ってきたのだ。

 突然のことに唖然としていると、彼らはスマホを片手にニヤニヤした笑みを浮かべながら近付いてきた。


「ウェーイ! お楽しみ中だったみたいだねー!!」


「まさかこんな簡単に引っかかるとは思わなかったぜ!」


「ちっくしょー! 賭けは俺の負けかぁ!!」


「ハーイ! 今撮影中でーす! チサちゃん、笑ってー!」


 などと叫びながら近づいてくる彼らに恐怖を覚えるチサだったが、すぐに我に帰ると叫んだ。


「いやぁっ! トオル君! 助けて!!」


 必死に助けを求めるが、彼は動こうとしないどころか笑顔を浮かべたまま言った。


「大丈夫だよ、チサちゃん。全ては計画通りだから」


「……え?」


 意味が分からず混乱していると、ドアの向こうからさらに三人の男子が現れた。

 かつてチサに告白してフラれた三人組である。

 彼らを見た瞬間、嫌な予感に襲われた彼女は恐る恐る尋ねた。


「あの、これは一体……?」


 その質問に答えたのはトオルだった。


「ふふっ。はっはっは! 決まってるだろ? お前を、クラスの奴隷にするんだよ」


「なっ……」


「この俺が、お前みたいな根暗女を好きになるわけないだろ? こいつらと賭けていたのさ。お前がどこまで俺の言う事を聞くかってな!! まんまと自分一人でおっ始めた時は、吹き出しそうになったぜ! チョロすぎるだろ!!」


 その言葉を聞き、愕然とするチサにトオルはさらに続けた。


「逆らおうと思うなよ? こっちには、お前の動画があるんだからな」


「ひっ!?」


 それを聞いた瞬間、チサの顔から血の気が引いていくのがわかった。


「まあ安心しろよ。ちゃんと言う事を聞いてくれれば、別にばら撒いたりするつもりはないからさぁ~」


 そう言うと、ニヤリと笑いながらこちらに手を伸ばしてくるトオル。

 思わず後ずさりしようとするが、背後にいた男子生徒たちに捕まってしまった。

 こうして、チサの苛められっ子生活が始まったのだった……。

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