捨てられぬ前に……
赤城ハル
第1話
10年前、私には彼女がいた。その彼女の部屋にはシロクマのぬいぐるみがあった。
それは子供からのものらしく、だいぶ毛羽立って、かつ黄ばんでいる。
あまりにも汚いので「捨てたら?」と言うと彼女はすごく怒る。
「ずっと一緒だったミーちゃんを捨てるなんてひどい」
名前まであるのが驚きだ。
「いや、でもさ……」
「駄目!」
彼女は頑なに拒否する。
そしてある日、彼女が交通事故で亡くなった。
その四十九日後、
『業者に遺品整理してもらうんだけど。あなたの物、部屋にある?』
と彼女のお母さんから連絡がきた。
「あ、はい。本とかあります」
『じゃあ、取りに来て』
本くらいなら送ってもらえれば楽なのだが、向こうからしたらわざわざ送るのが面倒なのだろう。
「分かりました。明日の昼にお伺いしても大丈夫ですか?」
『ええ。いいわよ』
そして翌日の昼、彼女のマンションに向かった。
「こんにちは」
「こんにちは。……ご飯は食べてるの?」
「ちゃんと食べてますが」
「そう。少しほっそりしているから」
私は部屋に通されて、本棚に向かう。そして彼女に貸していた本を抜き取り、鞄に入れる。
「他は何かある?」
「あー。自分の物は……後は歯ブラシとかコップですけど捨ててもらって構いません」
「そう。服とかは?」
「いえ、ないはずです。あっても捨てておいて構いませんよ」
私は部屋の中を見渡す。
部屋はだいぶ片付けられていた。業者はまだ手をつけていないはず。
「結構すっきりしていますけど」
「いくつかはこっちで早々に処分したの」
片付けではなく処分と言ったのが引っかかった。
業者に処分される前に大切な物を別けるとかなら分かるが。
処分。自分で処分したということだろうか。
と、そこでシロクマのぬいぐるみがないことに気づいた。
「あれ? ぬいぐるみありませんね。シロクマの。あいつが子供の時から持っていたっていう」
「捨てたわ」
はっきりと即答されて私は少し驚いた。
言葉には少し黒いものがあった。
「どうしてですか?」
「怖いの」
「怖い……ですか?」
「写真とかはアルバムに入れて押し入れにしまっておけるけど、あれは大きくてしまえにくいでしょ。それに……あるってだけでちょっとね」
「そうですか」
後日、私はそのことを友人に話した。
「故人の思い入れのあるものって逆に残しづらいんだろ?」
「そうか? でもそれだったら業者に頼めば」
「自分の手できちんと処分……いや供養したいってことかな?」
「ふうん」
◯
その時はどういう意味か分からなかった。
業者に頼もうが頼まないが結局は同じ処分のはず。供養とは言えない気がした。
でも、今は分かる。
ご家族はきちんと自分の手で処分したかったのだ。
あまり気にも止めていなかった私でさえも時折、夢にまで出るのだから。
捨てられぬ前に…… 赤城ハル @akagi-haru
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