ぬいぐるみ
斉藤一
ぬいぐるみ
私が5歳の誕生日、パパが大きな「くまのぬいぐるみ」を買ってくれたの。大きさは、私が立って中へ入れるくらい大きいの。ぬいぐるみの背中は、糸でぬい合されていて大きな怪我をしているように見えるけど、普段は見えない位置にあるから気にならない。パパが、中にはワタがいっぱい詰まっているって言っていたから、入る事は出来ないみたい。入ってみたかったのに残念。
その日から、私の家の近くをよくパトカーが走るようになったの。幼稚園の先生が「近くでさつじ……おっきな事件があるからよ」と教えてくれた。
よく分からなかったので、パパに聞くと「行方不明の子供が居るみたいだから、ネネも気を付けてね」って言ってた。あ、ネネって言うのは私の名前。今は居ないママが付けてくれたみたい。
ママは去年、知らない男の人の所へ行ったってパパが言っていたから、今は家にはパパとネネの2人きりだ。さみしくなんてないよ、くまさんがいるもん。
くまさんって呼ぶのも親密度が足りない気がするから、お名前をつけてあげる。そうだ、ママのお名前をつけてあげよ。それなら、パパとママ、ネネの3人がおうちにいるみたいに感じるよね?
夕方、幼稚園に迎えに来てくれたパパに、その事を伝えたら、今まで見たことが無いような、すごく怖い顔をした。出て行ったママの事、そんなに嫌いになったのかな……。
私は、ぬいぐるみの名前を呼ぶのは、心の中だけにした。パパの前では「くまちゃん」と呼ぶの。そうしたら、パパはもう怖い顔をしなくなったから。
それから何日かして、パパとネネの2人で、お昼ご飯のおにぎりを作っていた時、警察の人がおうちに来て、パパを連れて行ってしまったの。
それで、警察の人が何故か私のぬいぐるみのぬい合せを解いちゃった。そして、中のワタを取り出しちゃった。なんだ、ワタってママの事だったんだ。ぬいぐるみのお名前、合ってたのね。
ぬいぐるみ 斉藤一 @majiku77
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