第16話 またラブレター的なものが下駄箱に
翌日の、朝。
「よぉ、今日も元気なさそうだな、亮人」
学校の校門に入る直前、ぼすっと肩を叩かれた。
謙次だ。唯一の男友達である。愉快そうに挨拶されたものの、ずっと昔から知っている顔にムカつくことはなかった。
「元気がないのは当然だよ。トラウマ級の経験をしたんだから、学校に来れてる時点ですごいと思う」
「確かにそうだな。俺がもしあんなことになったら、もうこの世にいねえかも」
「だろ。俺だってそうだよ、もし真那がいなければ」
「クーッ、幼馴染への愛が頑張る気力の源ってかぁっ。いいなあオイ」
バンバンと肩を叩かれながら、俺たちは校舎内に入る。
*
下駄箱を開けたら、またしても手紙が入っていた。
「げっ。お前なんだよこれ、ラブレターか?」
「いやまさか」
「ひえー。今の時代、存在したんだなこんなもん」
謙次は、驚きを隠せない様子だ。嫉妬してくるかと思ったが、それよりも、目新しいものを肉眼で見たことに一抹の興奮を覚えたのだろう。
「中身開けてみる」
「え、いいのか? 俺にも見せろよ?」
「ああ、見せるさ」
「ガチでいいんかい」
見当はついている。昨日、佐々宮が思わせぶりな封筒の中にTwitterのユーザー名を書いた紙を入れていたから、たぶん同種の人物のしわざだろう。
「ふむ。やっぱりな」
「なんだ? これ」
やはり、昨日見たユーザー名だ。佐々宮と行き違いで、磁場に悩む人が俺の下駄箱に入れたんだろう。
そして、俺はその正体を多分知っている。「佐々宮が中学のとき出会った、ツインテールで髪の長い女子」に違いない。
手紙には2枚目があった。内容は、こう書いてある。
『放課後、中庭の一番端のベンチで落ち合おう』
謙次が興味津々で頭をにゅっと出す。
「なんだよなんだよ、いいなあまったく。モテ期きたんじゃねえのか? 亮人」
「ありえないだろ。その逆だ、多分嫌がらせだろう」
「んじゃそいつぶっ飛ばしてやんよ。お前、あんまり強くないから、俺が護衛してやろうじゃねえか」
「いらねえよそんなもん。大体、女子を殴ることができるのか?」
「…………くっそ、俺にはそんなことできねえ」
それは当然だろう。男なら誰だって、女子を殴ることはできない。相当憎みや恨みが無い限り。
一抹の不安を抱えながら、俺たちは教室に向かう。
*
3時間目の数学が終わって、休み時間のことだった。
「ごっめーん、さっきの授業寝ちゃってさあ。ノート見せてくれない?」
佐々宮が俺の席にやってきたのである。女子が俺の席にやってくることは、あまり好ましきことではない。変人が好きな女子、なんてレッテルが貼られたら、佐々宮は生きづらさを抱えることになるからな。
「いいけど、注意したほうがいい。周りの人たち、こっち見てるぞ」
たくさんの好奇の目が、俺たちのほうを見つめている。ニタニタしながらこっちを見ている謙次はさておき、その他大勢の生徒は「偏見の目」「異物を見る目」をしている。
「そんなこと気にしないよ。友達なんだから」
「お、おい、そんなでっかい声で言ったら……」
マジで嫌われるぞ? 俺なんかと友達になってることがバレたら、佐々宮が損するだけだってのに。
「昨日ね、夜に走ったの。いつもの倍も走っちゃって、すっごく疲れてさぁ。でも絶対痩せたと思うじゃん? で、今日。朝風呂の後に体重計ったら、何キロだったと思う?」
何やら困った顔をしている。おそらく、成果が出なかったんだろう。
「いやそんなこと、言えないだろ。女子の体重なんて」
「気にしなくてもいいのに。友達なのにさ」
やや不機嫌な顔つき。
「いや、いくら友達だからって、女子の体重は女子の体重だろ」
「そんなこと言ってたら、友情が深まらない気がするなぁ。体重くらい言い合える仲になりたいと思わない? お互いに」
佐々宮が望んでいることは、俺とのディープキスだ。昨日、病院内でそう言っていた。女の色気を使って俺を惑わせ、ディープキスを達成する。それが佐々宮の目的だ。
でも、友情も育みたいそぶりを見せている。となれば、磁場とかディープキスとかそんなことは横に置いておく必要がありはしまいか。俺と関わってくれる一人の人を大切にするかしないか、それは自分がどのような人間でありたいかを問われていることに等しい。
佐々宮を笑顔にすることは、俺にとっても心地よい。下心抜きに、佐々宮の笑顔は素敵だ。満面の笑みなんて、本当に太陽と同じくらい明るい。公開ディープキスによって傷ついた俺の心を、温かく照らしてくれる。
それならば、俺は佐々宮の体重を予想し、発言すべきだろう。
「俺の体重は60kgだ。佐々宮の体重は、前と変わらず48kgだ。……これでいいか?」
やっぱりダメな気がする。佐々宮のような美少女に、予想体重を伝えるなんて。現に彼女は、顔に手を当てて、震わせながら、悔しそうにしている。
「148kg……だったんだよね。変わらずだよ」
やっぱり当たっていた。
「佐々宮、あえて百とかいう言葉を付けなくてもいいんだ。ウケ狙いなら、めっちゃスベってるから。頑張って走ってすぐに結果が出るなんて、そんなのあり得ないんだから、気長に頑張っていくしかないんじゃないか?」
「…………うん、そうだよね」
「そうだよ。目標体重が何キロなのか知らないけど、今の体重だって別にOKだと思う。それを誇張して言う必要なんかないよ」
「目標は45kgなんだ」
「だったらあとマイナス3kgじゃないか。俺も、真那も、あと謙次も協力するから、頑張ろう」
そう言って、すぐ。
佐々宮の顔の筋肉がぱっと弛緩したような気がした。
「うん、ありがと! 協力してほしいな」
「友達だからな。頑張ろう」
「うんっ」
佐々宮は、なぜだか、満面の笑みだった。俺にはその理由が良く分からない。ただ協力するだけのことに、そこまで嬉しくなる心理とはなんなのだろうか。
*
もろもろのことが風のように終わり去って、またしても放課後が来た。
ここは、中庭のベンチ。夕方、日の光も少なく、寂しい。
「ここで待ってればいいんだよな……」
告白かもしれないので、佐々宮や謙次は誘っていない。……まあ、興味本位でどこかからこっそり覗いている可能性は捨てきれないけど……別にいい。
そもそも、愛の告白なわけがない。磁場に関する告白であろう。だから俺はドキドキもトキメキもなく、こうやって古びたベンチに座っているのだ。
「…………」
春。暑い昼が終わり、穏やかな夕方。身体を包み込む心地よい気温は、眠気を誘う。こんなところで寝たら風邪をひく……けど眠い。
「…………」
あれ……
……なんか、体の芯が熱いぞ…………
毎日遅刻している俺、幼馴染との公開ディープキスを命じられる → 縁もゆかりも無かった美少女たちがウズウズし始めた 島尾 @shimaoshimao
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