第15話 磁場、消滅したのかな?
ディープキスしたあの日を経て、真那の心臓から磁場が発生しなくなった。
ディープキスが、磁場の消滅に効果があることは疑いようもない事実と判明した。
つまり、佐々宮の磁場は誰かとディープキスすれば治る。
「俺とディープキスをする。それが目的だったのか、佐々宮」
ここは病室。もじもじと体をくねらせながら顔を染めている、女友達の佐々宮すず。彼女は真那と同じく磁場の影響を受けている人で、磁場のせいでダイエットが思うようにいかないという。
「目的っていうか、その。切幡くんなら、一発で治してくれそうな気がしたから、アハハ…………」
笑顔が硬い。口元がひきつっている。
「泥棒猫。亮人を奪う泥棒猫はこの部屋から出て行って」
真那は俺のカッターシャツを着たまま、むすっと拗ねている。
「申し訳ないけど、俺は好きでディープキスをしたわけじゃない。69回の遅刻をして、その罰として、仕方なくやったんだ。佐々宮、申し訳ないけど諦めてくれないか」
それが真実だ。別に、俺は見境なく女の唇を貪るような悪逆非道でもなければ、そんな勇気もまったくない。本当は「初めて愛した人」と「燃えるようなキス」をしたかったのに、現実はといえば……。
「分かってる、分かってるの! 当然、好きでもない女とディープキスするだなんて、切幡くんも嫌だってことは分かってるの! でもっ」
きつく、まぶたを閉じる佐々宮。
「ずっと悩まされてる。私、体重が148kgもあって、なんとか痩せたいと思って、走ったり筋トレしたり食事制限したり、頑張ってきた。なのに……」
佐々宮が俺の顔にぐっと近づく。女子の甘い吐息が、俺の鼻腔をくすぐる。
「ダメなの! 何をしても、ずっとダメなの! 磁場のせいで、なにもかもうまくいかなくて…………だから!」
「ちょ、近いって」
刹那、佐々宮ははっとして目を大きく見開いた。
「ご、ごめんね……」
「いや、別にいいけどさ……」
ちら、と真那のほうを窺う。
「わたし、退院したら亮人と子ども作りたい」
きっ、と睨みながら、とんでもない発言をカマす真那。
「お、おいっ。佐々宮の前で変なこというな!」
「わたし、泥棒猫が嫌いなんだもん。さっきもわたしに襲い掛かってきたんだもん、わたしはネズミで、猫が怖いんだもん! 亮人に守ってほしいもん!」
『もん』が多いな引きこもり美少女さん。
「や、やっぱりシてたんだ、切幡くん。ねえ、どんな感じだったの? 真那ちゃんの味は。教えて?」
前かがみで興味津々な瞳を輝かせる佐々宮。両手は、握りこぶしを握って胸の前に当てている。
「そんなことはしてない! 俺はただ、真那を不安から守るために寝てるだけで……」
「でも内心はどうなの? かわいくてすっごくいい匂いの美少女と、肌と肌を密着させて寝て、変な気持ちにはならない? 私なら絶対なるよっ」
「何言ってんだ!」
と、真那のほうを再びチラ、と見ると、
「亮人になら、何されてもいい。がんばる」
足を崩して、口に人差し指を付け、流した目をする真那。
「勘違いされるような態度取るんじゃねえよ! 自分の願望を覆い隠して、俺が何かするように仕向けても意味ないからな、このダメ幼馴染め」
「亮人ひどいっ」
「そうだよ切幡くん、女の子を傷つける言葉使っちゃダメだよ。ああ、かわいそうな真那ちゃん、こっちおいで?」
佐々宮が、ベッドに腰掛け、真那を抱擁する。抵抗しないところを見るに、まんざらでもなさそうな真那。
「ねえねえ真那ちゃん、切幡くんって奥手すぎると思わない?」
「泥棒猫の意見に賛同するのは嫌だけど、わたしもそう思う」
「もういっそ、襲っちゃう? 恋愛とかめんどくさい過程はすっとばして」
「ええ⁉」
「縄で縛って動けなくさせて、唇奪っちゃおうよ」
「……はわわ」
俺を弄ぶ妄想を繰り広げている女子たち。佐々宮の悪そうな目と、真那の「いけないことへの目覚め」みたいな眼差し。
「俺は絶対しないからな! ディープキスなんて!」
一瞬、佐々宮に縛られてみたいとか思ってしまった俺。きっと何かが脳を操作しやがったに違いない。
「じゃあ、俺は今日は帰るからな。もう七時だし、親が心配してるだろうから」
日が沈んで1時間以上も経過している。さすがに帰らないとマズいだろう。
「私たちは、もうちょっと作戦練ってるから。じゃあね、切幡くん」
「亮人のこといじめてみたくなっちゃったの。ごめんね亮人」
まったく、なんなんだこいつらは。
「2人とも仲良くなってくれたみたいで良かった。俺を大変な状態にする妄想で仲良くなれたなら、俺の存在意義はあったよ。それじゃ」
俺は目をつむって病室を出る。
女が少し怖いな、と思いつつ。
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