第14話 病院に到着

 病院の2階に個室がある。8畳もあって、まるで旅館だ。


 俺とディープキスしたその日、真那は瀕死の状態だった。すさまじい高熱を出したまま、救急車で学校から病院に搬送された。3日間飲まず食わずで点滴を受けて、4日目にようやく意識を取り戻した。


 そして、今日。


「おい真那、なんだその恰好は」


 完全復活した幼馴染、桜真那は、広々とした病院のベッドの上で、全裸になって寝転がっている。


「亮人、きて?」

「こねえ」

「きてくれたらいいものあげる」

「いらねえ」

「いらないなら、わたしからあげに行きたい」

「服を着ろ」

「服が無い。亮人が脱いでわたしに着させないとダメ。亮人の服を着たわたしを亮人にあげる」

「とりあえず、ほら」


 椅子に置いてあった寝間着を、真那の膝に放り投げる。


「こんなのやだ。亮人のカッターシャツがいい」

「ったく」


 結局脱がなきゃいけないのか。でもまあ、裸よりはいいだろう。


「ほらよ。あんまりわがままばっか言ってると、寝てやんないからな」

「ダメ。亮人はわたしと寝る運命なの。つまり、亮人とわたしは運命共同体で、わたしが右手を上げたら必ず、亮人は左手を上げるの」


 高らかに右腕を上げ、耳につけている。


 俺は、右腕を上げてみせた。


「ねじれ。時空がねじれてる。亮人の存在が、時空をねじねじさせてる」

「ハァ…………」


 体調は完全に回復したようだが、頭のほうは相変わらずだ。どっと疲れる会話にいちいち応対できることが、幸せなのか不幸なのか分からない。


「それで真那、さっきも言ったようにお客さんが来てるんだけど、やっぱり入れちゃいけないのか?」

「絶対ダメ。この部屋に収納できる状態数は2。つまりわたしと亮人。しかも病人とその幼馴染っていう特別な関係を満たしてないとダメ。つまりわたしと亮人、2人きり」


 全裸のままカッターシャツを着て、女の子座りをする。俺の服に乳首とかそれ以外のものが接触していることなんて、見慣れすぎた幼馴染に限っては何も気にならない。


「ナースさんが入るのもいけないのか?」

「人工呼吸器も点滴の針も全部外してもらって、自由の身。だからもう入っちゃダメだけど、やつらは状態数操作の魔術師だから勝手に侵入してわたしの身体をぺたぺた触るの」

「容体を心配してくれてる人に向かって失礼なこと言うな」


 ゴンッ


「いたっ」


 チョップを食らわせる。まったく、何を言ってるんだこの引きこもり美少女は。ネットで見たけど、ナースの職は激務。そんな方々を魔術師呼ばわりするなんて、許しておくわけにはいかない。


「ほら、もう六時だ。ナースさんの来る時間だぞ」

「時間操作。亮人、時間操作して?」

「できるか!」

「できる。時計の針を戻すだけ。あ、戻し過ぎたら現在あるいは未来になっちゃうから注意して」

「ナースさんが入ってくるから、俺は一旦立ち去るぞ」

「亮人ぉぉ」


 俺は、重い扉を開いて部屋を出る。


 *


 部屋の外には、ナースなんていない。ナースのコスプレをした佐々宮がいるだけだ。


「とりあえず俺が真那に情報を吹き込んだから、怪しまれることはないと思う」

「真那ちゃん、すっごい声がかわいかったね。早く見たいんだけど」

「慌てるな。鼻息が荒いと真那は怯える。病院関係者じゃないと見抜かれるぞ」

「そうなの?」

「多分」


 ひそひそと密談を交わす。すべて、真那が新しい友達と馴染むための作戦。


「今、5時50分だな。六時には本当にナースさんが来るから、早めに任務遂行頼む」

「任せて。一瞬で仲良くなっちゃうんだから」


 ピンクの制服、ミニスカート、そして白のガーターベルト。むっちりした絶対領域もバッチリ。

 だが、俺はナースに興奮しない。激務をこなす彼女たちを変な目で見るなんて、言語道断だろう。


「行ってくるね」

「健闘を祈る」


 そして、重い扉が再び開かれる!


 *


 10分後。


「あの、桜真那さんの見回りに来たんですが、お見舞いの方ですか?」


 40代後半であろう、おばさん看護師がやってきた。


「根本的に失敗してた…………」


 佐々宮の年齢は、おそらく16歳。4月が誕生日ならば17歳。若すぎたのだ。


「失敗って、あなた何おっしゃってるの? 体調大丈夫?」

「すいません、私情です」

「私情ってナニよあなた。あたしが独身だからって、バカにしてるわけ? 仕事が忙しくて婚期逃したのよ。婚活する暇もなかったわ。今年で35になるし、もう男なんて諦めてるわよ」


 30代だった!


「あら、よく見たらあなた、いい体格してるわね。おばさんと一緒に夜を楽しまない?」

「え、遠慮しておきます。確かに看護師さんは魅力的かと存じますが、僕は未成年ですので」

「固いこと言わなくていいのよぉ。どうせムラムラして夜も眠れない年ごろでしょう? こっちはこっちでマッチングアプリで男漁りしてるけどいい男が見つからなくて、シモがムラムラしてんのよ。需要と供給の一致ってやつよ」


 35にしてはシワの多いおばさんが、俺の胸を指でなぞる。


「ひっ」

「あらまあ、かわいい声出しちゃって」

「やめてください、俺は好きな人とそういうことをしたいので」

「そんなこと言ってたら、いざ好きなコができたときにガッカリされるわよ? 練習相手の肉として、扱っちゃえばいいのよ。おばさんのカ・ラ・ダ♡」

「ひいいいいいいいっ」


 誰か助けてくれ! ていうか佐々宮は何をやってるんだ? いい加減出てきてくれよ、もう10分はとっくに過ぎてるよ!



「はぁああああああああんっ」




 突如、病室から真那の甘ったるい悲鳴が!


「おい真那、どうしたんだ!」


 おばさんを振り切り、重いドアを開け、中に突入する。


「大丈夫か真――」


 ベッドの上で、くんずほぐれつしているナースと幼馴染がいた。ナースの服ははだけており、幼馴染のカッターシャツは床に放り投げられている。ナースの膝は幼馴染の股に押し当てられ、幼馴染は顔を真っ赤にしている。


「きゃああっ 何で入ってんの切幡くんっ」

「ご、ごめんなさいいいいっ」


 やっちゃいけないことやってるのは女子どもなのに、男が謝んなきゃいけない世の中って不条理すぎだろ!


 まぶたを思いっきり閉じ、何も見ていないことにして、慌てて部屋から脱出。


「あら。やけに興奮してるじゃないアナタ。ついにおばさんとヤる決意を――」

「ノーサンキュー!」


 俺は走る。階段を駆け下り、受付ホールに向かい、右往左往した結果、自動販売機の前に立ち尽くす。


「はぁ、はぁ…………」


 真那の裸なんてどうでもいいけど、佐々宮さんのナースコスがはだけたところを見るなんて。ブラの色、何色だったっけ。


「って煩悩すぎだろおおおお!」

「院内ではお静かに願います」

「す、すいません」


 20代と思しき看護婦さんに、ガチ説教を受ける。これが社会の厳しさか。


「ごめんごめん、つい遊びすぎちゃって」


 タカタカと走ってきたのは、すっかり制服に着替えた佐々宮。


「あのなあ!」

「いやぁ、可愛いね真那ちゃん。ああいう幼い系美少女、めっちゃ大好物なんだよねえ。えへへへへ」

「あんなことしたら怖がって二度と話せなくなるぞ! はっきり言って、大失敗だ!」

「いやぁ、かわいいものには目が無くて、つい。でもまあ、なんとかなるよ」

「なんでそんなにポジティブなんだ……」


 なんか、一気に仲良くなれた気がする。まったく望まぬ形で。


「真那ちゃんの胸、すっごくかわいかったぁ。もうちょっとで食べちゃいそうだったから、代わりに真那ちゃんのほっぺにキスして耐えたの。そしたら恥ずかしがって、顔赤くしちゃってね。ああ〜、真那ちゃん食べたいなぁ〜」

「反省の色が微塵も見えないけど、気のせいか?」

「ごめんごめん、ちょっとやり過ぎた自覚はあるよ。……でもさ、かわいすぎる真那ちゃんも悪いよね。いいなぁ切幡くん、あの子と毎日寝れて。私と代わって?」

「あんたにだけは渡さない」

「だったら3人で寝ちゃおう。あ、真ん中はもちろん真那ちゃんね?」

「ぬああああああっ」


 と、唐突に現れた男性医師。40、あるいは50か。


「あのね君たち。ここ病院なんですわ。患者さんが迷惑してんの、理解しぃや」


 ものすごく低い声で、ガチ説教を喰らう俺たち。


「用がないなら出ていきなさい。遊ぶ場とは違うんやさかい」


 あまりにも現実的な指摘に、俺たちは言葉もなく頷くしかなかった。


「お見舞いで訪れてまして。お騒がせしてすみません、病室に戻ります」

「本当に申し訳ありません」


 このままじゃ佐々宮さんの好感度がゼロなので、もう一度真那に紹介し直す必要がある。


 俺たちは患者さんたちにへこへこしながら、真那のいる病室に向かう。

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