第13話 女友達を待たせたら、あごクイされた

「すごく退屈だったなあー」


 実は、佐々宮すずを待たせていた。


 一緒に真那の入院先にお見舞いに行こうと約束していたのである。二人で連れ添って歩くところを見られると妙な噂が立つかも、ということで、時間をずらして先に校舎の外で待ってもらっていた。


「ごめん、人と話してたんだ」

「私以外に友達いるの?」

「小学校が同じだった男友達がいるんだ。1年のころは別のクラスだったけど、2年では同じクラスになってたみたいでさ。長いこと関わりなかったんだけど、さっきそいつが急に話しかけてきたもんで、つい話し込んでしまって」

「私よりその男を選んだ、ってこと?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 どうしよう。佐々宮のまぶた、じっとりとして不機嫌きわまりない。おまけに不良みたくしゃがみ込んでる。右手には、なぜか猫じゃらしを持っていて、人差し指と中指で挟んでいる。


「私を待たせた罰、受けてもらおうかな」

「ば、罰?」

「そ」


 すくっと立ち上がった佐々宮は、


「なっ」


 俺にあごクイを決める。ぷにっとした指が、俺のあごを押し下げる。


「さ、佐々宮。これはいったい」

「ふふん。何されると思う?」

「それは……」


 全校生徒の前でディープキスをした男だ。何をされるかなんて、やっぱりそういうことしか思いつかない。


「言えないの?」


 試すような、瞳。


「ごめんって、佐々宮。もっと友情を大切にするから、こういうのはやめよう」

「やめてあげない、って言ったら?」

「そ、そんなこと言うなよ…………」


 やめないなら、もうするしか道が無いぞ。俺と佐々宮は友達関係なのであって、……しかも今日友達になったばかりなのに、いきなりこんなこと……


「なーんてね。罰終わりっ」

「へ?」


 余裕たっぷりに、にこにこ笑っている。夕日もすっかり落ちて、空の下の方にうっすらとオレンジが残っているだけの現在。佐々宮は昼の太陽みたいに、にこにこ笑っている。


「早く仲良くなりたくて、ちょっとイジワルしちゃった。ごめんね?」

「マジでびっくりしたよ。スキンシップはもうちょっと手加減してくれよな」

「手加減するのはイヤかなー。何事も本気でいきたいから、私」

「ストイックになるベクトルを考えてくれ」


 なんとなくだが、佐々宮はSっ気がある。それはすなわち、俺が相対的にMってことだ。納得いかないけど、嫌いじゃないと感じている自分もいる。


「そういえば、ツインテールで髪の長い子、見なかった?」

「いや、見てないな。知り合いなのか?」

「友達。その子も磁場の影響を受けて問題を抱えてて、いろいろ困ってるの。私と一緒に協力して、いろいろ試行錯誤してきたんだけど、磁場が完全に消えることはないまま年月が過ぎてるんだよね」


 なんと、この学校にもう一人磁場の影響を受けてる人がいただなんて。


「中学のときネットで知り合ってね。同じ悩みを抱える人どうしが集まる掲示板をたまたま見つけて、その子と仲良くなったの。唯一分かり合える友達ができたなって、あの当時は思ったなぁ」

「掲示板には、たくさん人が集まってたのか?」

「たくさんってほどじゃないかな。10人もいなかったと思う。外国の人も一人いたなぁ、そういえば」


 心臓から発生する謎の磁場に悩まされる人は、国を問わず存在するようだ。


「掲示板は閉鎖されちゃって、今はTwitterでつながってるの。あのアカウントがそれ」

「そういうことだったのか」


 すっかり暗くなっている。藍色の空に、宵の明星がきらめく。四月の夕方の風はまだまだ寒い。佐々宮は脚、寒くないんだろうか。


「アカウントの名前が変でしょ?」

「なんかキーボードを殴り打ったような名前だったな」

「管理してるのがその子なんだけど、ちょっとガサツなとこがあって。いくら暫定の名前だからって、あれはないよね」

「名前決まってないのか?」

「うん。だって、切幡くんと真那ちゃんを取り込まないと、コミュニティとして意味ないから」

「そのために俺と友達になったと」

「それもそうだけど、実はもっと根本的な目的があるの。詳細を立ち話でするのはしないけど、切幡くんと真那ちゃんには絶対入ってもらわないとダメなんだ」

「絶対? それまたどうして」

「それはね――」


 そのとき、地べたを空き缶がカランコロンと音を立てながら転がってゆき、植え込みにぶつかって止まる。


「え、なんていった? 聞こえなかった」

「あ、えっとその、……そう! 切幡くんがネガティブすぎて誰も助けてくれそうになかったから、私が救世主になってあげたの! 私が女神様なの!」

 

 なにやら焦った顔をしている。詳しく聞かないほうが無難だろう。

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