第12話 男友達もできた

 午後の授業は、真っ二つに割れた机で受けた。鬼虎魚先生にそのことを報告したら、明日までに新しい机を用意してくれるということだった。


 放課後。夕日が雲の隙間から全体を覗かせ、濃いオレンジ色のまん丸に輝いている。

 今日は真那の見舞いに行く予定だ。それを佐々宮に話すと、「私も行かせて?」とお願いされた。ウインクしながら上目遣いで手のひらを合わされて、流れで許可してしまった。


(真那、他の人と会って大丈夫かな)


 階段を下りている今、心配が募る。横を、3人の男子生徒たちが一気に走り下りていく。


(真那……)


 高熱は下がっただろうか。磁場はどうなっているだろうか。俺がいない間、慣れない病院で孤独感に苛まれていないだろうか。


 そんなことを考えると、ますます足取りが遅くなる。横を、1人、また1人と生徒が追い越してゆく。


「おーい! 亮人待ってくれええ」


 その声がしたのは、階段の上だった。反射的に振り向く。


「な!」


 髪が短く、デコが丸出しになった男子生徒。


 小学校のころ友達だった、柳屋やなぎや謙次けんじだ。中学は別だったけど、同じ高校に入学していたことは前々から知っていた。1年の時は別クラスだったが、2年では同じクラスになっていた。


「お前、今更俺に話しかけて何、企んでるんだ?」

「いやあ、亮人は勇猛果敢だぜ。全校生徒の前であんな所業をやってみせるんだからよォ」


 どたどたと下りてきて、バンバンと俺の肩をたたく。


「ちょ、リュックがずり落ちるから叩くなよ」

「相変わらずお前、ぼっち拗らせてんのな。また俺が友達やってやんよ」

「痛い、痛えよっ」


 柳屋謙次とは、小学校のころよく悪さをして遊んでいた。謙次がリーダーで、俺が腰巾着のような形だった。理科室の備品を盗んだり、図書室の壁に落書きをしたり、廊下の壁に上履きの跡を付けたり。よく先生にブチ怒られて、しかも懲りずにイタズラを続けていた。今思えば、俺たちはクソガキだった。


「にしてもお前、この学校偏差値60なのによく入学できたな。小学校のころはバカだっただろ」

「いやー、亮人みたくコツコツ努力してたら良かったわ。中学の勉強、難しくて、ついていくのに必死だったぜ」

「俺はバカだったけど勉強だけはマジメにやってたからな。お前みたいに振り切ることができなかったけど、副作用で中学では普通に学年10位以内だった」

「まあ中学のころもぼっちだからなあ、お前は。勉強しかすることがなかったやつは成績も高いわな」

「中学は別だっただろ」


 でも、ぼっちではあった。謙次の言う通りである。


「で、言いたいことがあってよ」

「何だよ」

「朝はすまんかった。見て見ぬふりして」


 拝みながら深々と頭を下げ、言う。


「いいよそんなこと。逆の立場だったらお前と同じように振舞ってた。いじめに遭うのは辛いからな」

「それでも、友達として悪をなした。大勢の前に屈した。すまん、ほんとに」

「全然許すさ。他人ならともかく、昔から友達やってる謙次だ。お前はガキ大将だったけど、先生に怒られたらいっつも泣いてた。根は腐ってないこと、分かってるから」

「ありがたい。ありがたいよ友達!」

「痛え!」


 肩をバンバンと叩きながら感謝されても嬉しくはないが、まあいいだろう。


「そんなことより、問題は真那ちゃんだ。どうなったんだ? あれから」


 小学校からの友達は、必然的に俺の幼馴染のことも知っている。さすがに「夜な夜な同じ布団で寝ている」というヤバいことまでは伝えていないが。


「今から病院行くんだ。回復してればいいんだけどな」

「だったら俺も行かせてくれよ。久々に真那ちゃんと会いてえ」

「怖がられてただろ、お前。真那に『怖い人』ってずっと呼ばれて、一度だって本名で呼ばれたことなかっただろ」

「う、そうだった。やっぱり諦めるわ…………ぐすっ」


 げんなりと肩を落とす謙次。


「あ、やばい。ちょっと人待たせてるから、また明日な」

「え? お前ぼっちじゃないのか?」

「友達1人できたんだよ」


 そう言い残して、俺は走って階段を下りる。佐々宮さんが待ちくたびれているはずだ。

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