第11話 高校生活終わったと思ってたけど、友達ができた
あれよあれよという間に、昼休み。
「あの、切幡くん」
俺のもとに来たのは、朝、何か言いたげに話しかけてきた女子。少し躊躇ったような声で、声をかけられる。
「さっきはごめんね、いきなり変なこと言っちゃって。手紙、もう見た?」
「ああ見たさ。俺たちの写真撮ってネットに晒して、なんのつもりだよ」
「違うの、聞いて。あれは、切幡くんと真那ちゃんに関係があるものなの」
「関係?」
瞳を大きくして言う。
「とりあえず中庭行かない? ここだといろいろ、噂されちゃうだろうし」
「俺なんかと一緒でいいのか? 友達と昼ご飯食べたほうが楽しいと思うぞ」
高校生活終わった人間と一緒に昼休みを過ごすなんて、時間のムダだと思う。他人とはいえ、一回きりの高校生活をドブに捨てさせるようなことはやめさせないといけない。
しかし、なぜだろう。彼女は視線をふっと横に逸らし、物憂げな表情を浮かべている。
「友達には『今日用事あるからごめん』って言ってあるの。切幡くんに、大事なことを話さなきゃいけないから」
「大事なこと?」
「うん。だから、お昼……一緒に食べてほしいな」
およそ人をお昼に誘う口調とは思えない、憂鬱な呟き。何か深刻な悩みを抱えているようにしか見えなくて、なんとなく仲間意識を感じてしまう。
*
桜も全部散った中庭には、誰一人として生徒はいなかった。ベンチが3つ並んでいるが、どれも、桜の花びらが落ちているだけ。
俺はあまり食欲がなく、コッペパンと水だけを買った。対して彼女は豪華な弁当を購入。
「この学校のお弁当、美味しいけど高いんだよね。500円もするなんてさ」
一番隅っこの、誰も注目しなさそうな木陰のベンチに腰を下ろす彼女。
「あの、今更だけどさ。名前教えてほしくて。俺、クラスの人の名前、まだ全然覚えてないんだ」
「あ、そうだよね。あんなことがあったんだもん、当然だよね」
せっかく座っていたのに、すくっと立ち上がる。
「私は
「よ、よろしく」
真正面からにこっと微笑まれて、ちょっとドキっとする。そういえば真那以外の女子の顔、マトモに見たことがない。
「切幡くんの名前、知ってるよ。切幡亮人。クラス
「クラスっていうか、学校全体に知れ渡っちゃってるさ。もう俺なんて、人生終わりっていうかなんていうか。余生をどう過ごすか迷ってるっていうか」
「ねえ、そんなこと言うの今日でお
今度は、むっ、と不機嫌そうな顔をされる。さっき笑顔を間近で見てしまったせいで、そのギャップに少しドキリとする。
「切幡くん、そこ座って?」
「お、おう」
佐々宮さんに指示されるがまま、俺はベンチに座る。木製で、コケみたいな薄緑色の膜が点在し、すすけていて、歴史ある古臭いベンチだ。
「今日から切幡くんは、私と友達になってもらいます。これは命令であり、強制です。異論は認めません。了解しましたか?」
「でも俺なんて」
すかさずニコッと微笑んだ佐々宮さんは、
「『了解しました』、だよね? はい、復唱」
優しい声ではっきりと言う。すごく優しい笑顔だけど、そこはかとなく怖い。
「りょ……了解、しました」
圧がすごい。
顔が近い。
ベンチに座っている俺の太ももは少し開いていたのだが、その隙間に佐々宮さんが自分の太ももをぐぐっと入れている。生脚なのかストッキングなのか分からないけど、ぴちぴちの肌色だ。
もちっとして、すごく柔らかい。それに、すごくいい匂いがする。
「あの、太もも当たってるんだけど……」
「当たってるね」
「俺、男だぞ? こう見えても」
「訓練してるから」
「訓練?」
そう言うと、佐々宮さんはようやく太ももをどけて離れ、俺の隣に腰を下ろす。
「私もね、真那ちゃんと同じなの」
「え?」
「鬼虎魚先生が言ってた。この学校に、謎の磁場で苦しんでる人がいるって。その人は出席日数が足りなくて留年が決まっちゃったらしいんだけど、それって真那ちゃんだよね?」
「佐々宮さん……もしかして」
あの日、鬼虎魚先生は言っていた。「全校生徒300人の中に、もしかしたら1人や2人、いるんじゃねえか?」と。
「そうだよ。私も、磁場で悩んでる人のうちの一人なの。学校には来れてるし、友達もいて、真那ちゃんよりずっと幸せ者だけど。一応、磁場の被害者なんだ」
眉を曲げて、困ったように笑う。仕方ないことだとでも言いたげに。
言い終えると、佐々宮さんは弁当のフタを開けて割り箸を割り、ポテトサラダを頬張り始めた。
「うん、高いだけあって美味しい。コショウが効いてる」
次から次へとおかずを口に放り込む。
俺は、思った。磁場で悩む当事者になら、真那の置かれた現状に理解を示してくれるのではないかと。きっと、謎の磁場に翻弄されている人はとても辛い過去を持っているはずだ。真那の場合は「兄の失踪」「いじめ」。佐々宮さんもきっと、真那と同じくらい辛い過去を持っているに違いない。
「佐々宮さん」
「佐々宮でいいよ。友達なんだから呼び捨てでOK」
「さ……佐々宮」
白飯をおいしそうに頬張っている。この嬉しそうな顔だけ見ても彼女の辛さや苦しさは見透かせないが、きっと心の中では……
「真那のことについて、話してもいいかな。佐々宮さ……佐々宮なら、きっと理解してくれると思うんだ。真那の辛い過去を」
「全部は理解できないと思うけど、同じ『病』の苦しみを味わってるのは事実だもんね。私でいいなら聞くよ、全然」
「ありがとう。実は、真那は」
それから俺は、とくとくと真那の過去について話した。
――
「うそ…………私の悩みって、めちゃくちゃ小さいんだけど…………」
俺はコッペパンを食べながら、重い口調でひとしきり話した。ショックが大きかったのか、佐々宮は頭を抱えてしまっている。
「真那の過去を聞いたら誰だって同じように思うはずだ。あいつのことは本来、誰かに話すべきじゃないほどに重い。でも、こうやって同じ悩みを抱えた人がいるって知ったら、真那も少しは安心すると思う」
「兄の失踪……いじめ……。辛い、辛すぎるよ。真那ちゃんのこと抱きしめたいくらい、辛いよ」
「でもさ。毎晩、俺と同じ布団で一緒に寝てるんだ。愛していた兄が失踪して、母親は母親で仕事が忙しくて、真那に厳しい人でさ。あいつには俺しか拠り所がなくて。でも、気持ち悪いよな。男と女が一緒に寝てるなんて、どう考えても非常識だし」
言ってしまった。こんなこと、誰も理解してくれないって分かってるのに。
「い、一緒の布団で寝てるの⁉」
瞳をぱっと見開き、口がふさがらない様子だ。
「やっぱり気持ち悪かったよな。客観的に見たら俺もそう思う。
変態。そう思われて当然だろう。
と思ったら、佐々宮の表情がまたしても、むっ、となる。
「またそんなこと言ってる。そういうネガティブなことは言っちゃダメ。辛い人を支えたいっていう、シンプルな気持ちなんでしょ? 立派じゃん。恥ずかしがっちゃダメ。別に犯罪やったわけじゃないんだし、自分を貶めるようなこと言う必要ないよ。友達がそんなこと言うの、本当に
「ごめん、俺が間違ってたよ」
良かった。真那を受け入れてくれて、俺のことも受け入れてくれた。こんな人もいるんだ、この学校には。
「でもさ、その…………一緒に寝てるってことは、もう……そういうこと、シてるんだよね」
人差し指を突き合わせて、もじもじし始める。
「いやまさか。そんなことするわけない、幼馴染だし。もう何年も見てるから、異性として見れないんだよな」
「無理に嘘つかなくていいよ。私、理解するから。すごく大きいもんね、真那ちゃんの悩み。男の人に全身を預けて、安心したい気持ちになっちゃうのは仕方ないことだよ、うん」
どんどん顔が赤くなってゆく。
「いやマジで何もしてないぞ? 69回も遅刻させられて、正直言うと迷惑っていうか」
「やっぱり朝からシたくなっちゃうもんなんだ、すごく大きな悩みを抱えてたら」
「いやだから、本当に俺と真那は」
ダメだ。佐々宮の顔は真っ赤に茹で上がっていて、何を言っても耳に入らないだろう。
「ところで、佐々宮の悩みは何なんだ? 磁場に関する悩みだから、やっぱりすごく大きいのか?」
はっとして我に返った佐々宮。
「わ、私⁉ 私の悩みは、えっと…………」
だが、またしても顔が火照り始める。
「いじめ、とかか? 大事な人を失ったとか? こんな俺ではあるけど、悩みを打ち明けてくれれば全力で聞こうと思う。真那のこと、聞いてくれたから」
火照った顔のまま、そっぽを向く。
「わ、私の大きな悩みはね、その…………」
「うん」
「ダ、ダイエットが全然うまくいかなくて、それで悩んでるんだぁ。アハハ…………」
「…………」
ダイ…………エット?
「ほ、本気で悩んでるんだからねっ。私の体重、148キロもあるんだからっ」
「そ、それは相当な悩みだな……」
48キロしかないのか、佐々宮って。羽のように軽い真那よりは体重あるだろうけど、それでも男の俺よりずっと軽い。
それはともかく、女子の体重を知ってしまった罪悪感、どうにかならないだろうか。誰か俺の手首に手錠をかけてくれ。
「無理にやせる必要はないんじゃないか? 十分軽いと思う」
「やせたいの! 私はやせる、絶対にやせてみせる! 頑張れ私! ファイト、 私! マイナス108キロおおおお!」
大きな悩みではあるんだろうけど、…………ま、安心かな。
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