2.甘いもの好きな磁場美少女を全力でダイエットさせる
第10話 みんなの前でディープキスした変態男が嫌がらせを受けるのは必然だよねっ
真那は40度もの高熱を出し、救急入院した。医者は原因不明と言っていたが、俺はもちろんディープキスが原因だと知っている。正確には、俺と鬼虎魚先生。
あれから1週間が経った。
家に真那がいない生活は、8年前に八郎さんが失踪して以来だ。布団に潜り込んでくる幼馴染のぬくもりが、どれほど俺の心を支えていたのか…………あんな拷問を経て、今更知るとは。
「くそっ」
ここんとこ遅刻を1回もしていない。別に好き好んで学校に来たいわけでもない。リアルガチぼっちだし、公開ディープキスで変人扱いされてるし。
さっきだって、校門の前で、俺のほうをチラ見しながら小声で「変態
キス野郎だ」と言われた。気にしなきゃいいだけだ、事情を知らない人間のごく普通の反応なんだから……。……いつ思える日が来るのだろう、そんな強いこと。
下駄箱の扉を、開ける。
「…………」
白い、手紙の封筒が入っているじゃないか。ハートのシールで封をされている。
「新手の嫌がらせか?」
振られた男(あるいは女)が、その人の家の玄関ドアの前に「リボンで丁寧に結んだ可愛いハコに入ったプレゼント」を置く類だ。とても臭いプレゼントが入っているから、絶対に開けちゃいけない。
取り敢えず捨てよう。中身はどうせ「シネ」とか「変態」とか書かれた便せんだ。
「まだ始まって2日目だってのに。夢と希望に満ちた俺の高2生活、もう終わりかよ」
生きてればいいことがある。そりゃそうだ、死ぬまで悪いことが続くなんて物理法則に反するから。
でも、言いたいことがある。
地磁気や磁石の磁場とは全く異なる、この世ならざる磁場に人生を振り回されているやつが、果たして「人間」なのだろうか。全校生徒の前で屈辱を味わうことだけが治療法である病を患った者、そしてそれを治す者。いずれも、「怪物」ではなかろうか。
「お、あいつだ」「きっめぇ」「学校来れるのかよ」「逆に尊敬しちまうわ、ハハハ」「あいつディープキスしたやつじゃね?」「マジ? きもいんですけど」「死ねばいいのに」「関わりたくない」「てかラブレター持ってる?」「退学届だったりしてw」「あんな男にコクるやつとか、病気ってレベルじゃねえ」「ぼくたんのおしりを掘ってくらひゃい」
廊下を歩くだけでコレだ。人々が笑い合うにはネタが必要で、それが俺ってことか。ぼっちになってしかるべき存在だな。とりあえず最後のヤツは今すぐ病院行け。
*
俺の机は、真っ二つに割れていた。
「…………」
気にせず、カバンを置く。
「おおお? 切幡亮人くん、誰がそんなことやったんだろうねぇw」「机がそんなんじゃ授業受けれないんじゃないかな?」「今日のところは帰ったほうがええぜよ」
ガラの悪い3人組。赤金頭のヤンキー、ロン毛の優等生、ガチムチの丸坊主。こういうやつらには、とりあえず
「いえ、大丈夫です」
笑顔で、敬語だ。
「なぁなぁ、あんたのお相手と俺もキッスしてみたいんだけど、今どこにいんの? w」
ヤンキーの顔が、俺の顔から1㎝くらいの至近距離まで迫る。腐った果実のような香水の匂いが、鼻をつく。
「ちょっと最近会ってないですね」
「会ってない? 彼女なのにそんなわけないよねぇw」
「光、見ましたよね。危険だと思いませんか? もう少し普通の女の子を選択したほうが良いかと」
「そんなのどうだっていいじゃーんw 君が死んでないんなら俺も死なないんだしw てか単純にあの女とキスしてえんだよねー」
眉間にシワを寄せることもできない。もし不機嫌な顔をすれば、どうせ殴られるから。なんでこんな汚いやつに殴られなきゃいけないんだ。「怪物」にだって殴られる相手を選ぶ権利はある。
「ちょっとマサル、また浮気しよーとしてんじゃないでしょうね」
「うわ、トヨミだ」
どうやら彼女持ちだったらしい。ヤンキーはそそくさと俺の元を離れ、残りの腰巾着も後に続く。
「……ハァ」
1週間ぶりに遅刻せずに来たら、コレだ。酷いことをされていると予想はついていたが、ここまで稚拙な荒らししか思いつかないなんて。おそらくヤンキーが命令して、ガチムチ坊主頭が実行したんだろう。
現在時刻、8時10分。朝の会まであと25分もある。いったいどうやってこの無意味な時間を潰せと? トイレの個室にでも引きこもろうものなら、さっきのと似たような輩が目ざとく俺を発見して、バケツに汲んだ冷水をぶっかけるのだろう。誰もいない空き教室に向かうにも、途中の廊下でコソコソ陰口を叩かれるだろう。
(居場所なんて、どこにもないのか。俺)
それでも不登校にはならない。真那が悲しむから。真那には勉強を教えてやらないといけないからノートをきっちり取らないといけないし、鬼虎魚先生からの諸連絡を伝えなきゃいけない。何より俺が元気に学校に行っている姿を、真那に見せなきゃいけない。
「あ、あの、切幡くん」
「なんですか」
「えっと……」
今度は、髪の短い女子だ。短い髪、これはボブカットというやつだ。黒髪で、目が大きい。
「なんですか?」
「え、えっとね、ちょっと用っていうかね」
ぱっと目を見開く。両手もぱっと開いて、俺のほうに向ける。
これも新手の嫌がらせか。こんな真面目そうな美少女までもが俺を嫌がらせに来るなんて、相当人気だな俺。
「あの、何なんですか? 用がないんなら、こんなとこ来ないほうが良いですよ。俺のそばにいたら、変人扱いされますから」
強い口調で、ボブカットの黒髪女子を注意する。彼女の目を見てはっきりと言ってやった。
だが、彼女はまぶたを狭めて、ほんの少し俯く。その場に佇んだまま。
「昨日、キスしてたよね。私、こっそり見てたの。体育館の外から、だったんだけど」
左肘を、右手で押さえる。自ずと持ち上げられ、強調される胸。
「見てた? それを言いに来て何になるんですか。あんた以外にも、何人かいたでしょうよ、コソコソ見てたやつは」
「いないよ、ほんとに。みんな怖がって教室帰ってったから」
左肘を握っていた右手を離し、前かがみで訴える。
「あのね。下駄箱にラブレターみたいなの、入ってたでしょ?」
「何で知ってるんだよ。もしかしてあんたが入れたのか?」
こいつか。こいつが犯人だったのか。ちょっとかわいい顔してるからって、嫌がらせしていいって理由にはならない。
「安心して。全然ラブレターとかじゃないの」
ハートのシール貼っといて、ラブレターじゃないのかよ。なんか残念だよ。
「んじゃ何で、入れたんだ? 新しいタイプの嫌がらせか?」
「そんなわけ、ないよ……」
彼女はまたしても深く俯き、瞳が前髪で隠れる。
「昼休みにまた、頼みにくるね。それじゃ」
そう言い残して、彼女は自分の席に走っていった。
(別に友達でもなんでもないのに。しかも女子)
見たことのない女子だった。1年のときには見なかった顔で、しかも昨日の2年生初の登校日に遅刻をしたから、名前も知らない。
(どんな嫌がらせ書いてるんだろう)
玄関前の「プレゼント」を開けるような真似をするのは気が引けるが、一方で彼女は先ほどのヤンキー系列と同類の悪人とは思えない。冷静に考えれば、手紙を下駄箱に入れることが陰湿な嫌がらせに該当するという思考のほうが、どうかしている。
「ん?」
ハガキサイズの手紙には、Twitterのユーザー名が書かれていた。
「…………」
時刻は8時18分。
スマホをポケットから出し、机に置……
(って机割れてるよ)
スマホを手に持って操作し、Twitterアプリからユーザー名で検索をかける。
(なんじゃこれ)
アカウント名は、「eijbigdsf」。明らかに、パソコンのキーボードを殴り打ちした形跡だ。
(なっ…………)
最新のツイートに目がいったのは、必然だった。
俺が真那の唇を美味しそうに貪っているところを激写した写真がツイートされていたのだ。白い湯気みたいな光が真那の身体から発生している写真も、鬼虎魚先生が黄緑の光を発しながらヒールしている写真も。
(てか、)
俺の顔面のドアップまで、ツイートされてやがるっ。
(どうやら生徒の名前を本気で覚えるときがきた)
時刻は、8時20分。
中心から真っ二つに割れた机の亀裂が、電光石火の雷にしか見えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます