冬支度

西野ゆう

第1話

「おかしな奴だよ、本当に」

 窓の外から真っ赤な舌をチロチロと出しながら、そんな言葉を投げかけるシマヘビのヘッジを無視して、シマリスのナッツは仕事をせっせと続けている。

「なんで暖かい家の中にいるのにそんな事する必要があるんだい?」

 ナッツはほお袋からヒマワリの種を取り出しては、ベッドにしている古新聞のクズの中にごそごそと埋め込んでいる。

「ヘッジ。冬に飲まず食わずで眠っちゃう君には分からないのさ。ボクたちは冬の間にもご主人さんの手の上に乗ったりしてご機嫌取らなきゃいけないんだ。冬場はね、餌代だってかさむんだよ。節約だよ、節約」

 ナッツの答えに、ヘッジは身体をくねらせて笑った。

「それ、絶対今思いついただけだろ? 知ってるぜ? 身体が勝手に動くんだ。習性ってヤツだよ。クックック……」

 カツン!

 ヘッジの目の前でヒマワリの種が窓ガラスにぶつかり軽い音を立てた。

「うるさいなあ。君もさっさとアナグラに潜った方が良いんじゃないか?」

「ふんっ! その時が来たら君なんかに言われなくったって潜ってやるよ。本当は俺様が遊びに来てやらないと暇でしょうがないくせに」

 カツン!

 もう一つヒマワリの種が跳ねた。

「本当はこの家の中が羨ましいんだろ? 暖かいし、ご飯だって探さなくて済む。トンビから狙われてビクビクしなくたっていいしね」

「ふんっ。偉いのは君じゃないだろ。君のご主人が優しいだけじゃないか」

「それは違うね。それもこれもボクが可愛いからさ」

 そう言ってナッツはふさふさの尻尾を上にピンと一度伸ばして、くるんと丸めて見せた。

「何だよそのくらい。俺様にだってできらいっ」

 ヘッジも負けじと尻尾をくるんと巻いた。

「何やってるんだい、君たち?」

 草むらから首を出したのは黒猫のジョン。ジョンを苦手にしているヘッジは慌てて尻尾を戻して草むらに逃げようとした。

「何やってるのって聞いてるんだけどな」

 ジョンは前足でひょいとヘッジの尻尾を抑えた。

 ヘッジも鎌首をもたげて応戦したが、ジョンはその頭を柔らかい肉球でポム、ポムと軽く叩いて遊んでいる。そうやって頭を叩かれるたびに瞼の無い目をバッテンにして、出しっぱなしの舌を噛んでいるヘッジが滑稽で、ガラスの向こうでナッツはひっくり返って笑っていた。

「もう止めてよ。逃げないから、何してたか教えるから!」

 ヘッジがそう言うと、ジョンは抑えていた前足を離して、その足をペロペロ舐めた。

「じゃあ教えて。何をしてたの?」

 ヘッジはナッツが家の中で冬支度をしていたのがオカシイっていう話から説明をした。

「なるほどね。確かにオカシイね。ちなみに去年の冬もベッドに食料をため込んでたのかい?」

 ジョンの問いにナッツは直ぐに答えられなかった。しばらく視線を泳がせて思い出している様子だった。

「去年……。そういえば去年って、冬なんかあったかい?」

 その答えに外にいる二匹は声を上げて笑っていたが、ナッツは今まで冬支度をした記憶はあっても。冬が来た記憶がなかった。


 それから数週間が過ぎて、再びジョンがナッツの家の前に顔を出した。ヘッジはもう穴にこもったようで姿を見ていない。

「今日は寒いね。明け方は草が凍っていたよ」

 ナッツは寝坊しているようで、ベッドの中に埋もれて丸くなっている。

「なんだよ、まだ寝てるのか」

 そう言ってブルブル身体を震わせながらジョンがナッツの家の窓ガラスに身体を摺り寄せた。すると、身体がガラスに触れた瞬間、背中を丸くして毛を逆立てた。

「冷たっ! なんだよ、朝の草たちみたいに冷たいじゃないか」

 その声で目を覚ましたナッツがピョンと跳ねて窓の方に近づいてきた。

「ジョン、おはよう。……あのさ、おかしいんだよ」

 ナッツの神妙な様子に、ジョンも首をかしげて真剣なまなざしを向けた。

「どうしたんだい?」

「ご主人が二階から降りてこないんだ」

「降りてこないっていつからだい?」

「もう一ヶ月以上経つと思う」

「それじゃあこの前来た時にはもう?」

 ジョンに黙ってナッツは頷いた。

「ちょっと待ってろ、誰か呼んでくる」

 そう言うとジョンは返事を待たず、茂みを左右に軽快に躱しながら駆けて行った。

 ナッツは半開きになったキッチンの扉からヒマワリの種を漁って、ほお袋に詰め込んだ。紙袋の中のヒマワリの種も残り少ない。その時身体がぶるっと震えたのは、底冷えするキッチンのせいだけではなかった。

 来なくなったご主人を思いながらベッドにヒマワリの種を埋めていると、ガシャンと何かが割れる音がした。

「お邪魔しますよ」

 聞こえたのは知らない声だ。ナッツはベッドに潜り込んだ。すると先に姿を見せたのはジョンだった。

「マッシュに来てもらった。二階を見に行ってもらうよ。ついてくるかい?」

 ナッツもマッシュという名前だけは聞いたことがある。とても賢くて、器用で、二本の脚で歩くらしい。マッシュの仕事ぶりを見たいのは勿論、初めて上がる二階への好奇心で、断る選択肢はなかった。

「二階だって言ったね?」

 そう言って顔をドアから覗かせたマッシュは、顔の部分だけ毛が生えていなくて、その顔は真っ赤だった。ナッツの顔を見たマッシュは、黄ばんだ牙を見せてにっこり笑った。

「すみません、よろしくお願いします」

 優しそうなマッシュの笑顔にすっかり安心したナッツは、二匹の後ろに続いて二階へと上がっていった。

 二階の部屋のドアは開きっぱなしで、ナッツが覗くと、ご主人が仰向けで倒れてピクリとも動いてなかった。

 その様子を見ても驚くこともなく、マッシュはご主人の身体をひっくり返した。

「ああ、やっぱりな。ナッツ、来てごらん」

 マッシュに呼ばれて怖々ナッツが近づくと、マッシュはご主人の胸に開いた穴を指さした。

「何かの拍子で倒れたくらいなら自分で立ち上がれるんだけど。ほら、倒れた拍子にバッテリーが外れてる。冬が来る前に気づいて良かったよ」

 そう言いながらマッシュは傍に転がっていたバッテリーを、あるべきところに収めた。ウィーンという音が鳴り、ご主人が動き出した。

「オハヨウゴザイマス。ヒヅケヲニュウリョクシテクダサイ」

 ご主人が喋ると、マッシュがボタンを何度か押した。

「ニセンヨンヒャクゴジュウネン、ジュウイチガツ、ニジュウサンニチ。ジコクヲシュトクシマス」

 動き出したぬいぐるみのご主人はテキパキと仕事をこなし、室温も調節してくれた。

「これで大丈夫だよ。ニンゲンが残したものも随分少なくなってきたからね、大切に使わないと」

 そう言ってマッシュは、ナッツからお礼にと受け取ったヒマワリの種を「これを植えれば来年また沢山の種が獲れるんだよ」と言い残して去って行った。

 ボクのベッドに埋めた種も、来年になったら沢山増えているのだろうか。そんな事を思いながら眠ったナッツは、部屋中を埋め尽くすヒマワリの種に埋もれながら、ジョンやヘッジたちと暖かい部屋で冬を過ごす夢を見た。ふわふわの、ご主人の腕の中で。

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冬支度 西野ゆう @ukizm

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