履歴書は僕を語るのか

 インターンシップの授業が始まった。講義の名前がインターンシップというだけで、当然のことながら実際にインターンシップを行うわけではない。講義の内容は就職に関することが主だ。履歴書の書き方、インターンシップの意味、就職活動の時の心構え、うんたらかんたら。あーだこーだ。


 一番嫌いな講義だ。おまけにこの講義を担当している小川という講師も同様に嫌いだ。終わっている。まきがこの講義を取っていないことだけが救いだった。こういった講義はきっと、あいつの大好物だ。


 今回の講義内容は履歴書についてだった。書き方や内容について小川が男性にしては高い声で話している。バイトで使う履歴書のために少しはまじめに講義を聞いても良かったが、生憎今日の午前中に採用の連絡が来てしまった。


「これね、去年の期末課題で出したんですよ。そしたらふざけたことしてくる奴が何人かいたんですよ」


 そう言いながら、去年この講義を取っていた誰かが提出したであろう履歴書がスクリーンに表示された。確かに手を抜いていることが明らかに見て取れる。学生時代に頑張ったこと、所謂ガクチカの部分が箇条書きになっていたり、それ以外の記入欄のフォントがおかしかったり。こんなものを、世の大人たちはまじめに目を凝らして読んでいるのだろうか。


「単位はもちろん出しませんでした。はい。それでこの人は留年したらしいです。私が単位出せば留年を免れるからとお願いされましたが、馬鹿ですよね、もちろん無視しました。こんなこともできないやつは仕事でも頑張れないので当然のことです。人生に関わるところで頑張れない奴は、容赦なく見捨てます」

「なんですか、それ」


 遠くの方で声がした。


 僕の声だった。思いのほか大きくて、先生の耳にも届いたようだ。


「はい?」

「人生に関わるって、まだその練習でしょ。それで留年したって、大学の学費だって馬鹿にはならない。留年したら辞めざるを得ない人だっているでしょ。高卒よりも大学中退の方が就職では不利になることだって先生なら知ってますよね。その人は就職もできずに路頭に迷っているかもしれない、犯罪に走るかもしれない。もしそうなら、その人の人生が崩れる最後の一押しをしたのは先生ということになりますよね。自分で他人の死に場所を作ったようなことをして、それをなんで声高らかに、自分は正しいことをしたかのように振舞えるんですか。おかしいでしょ」


 教室のど真ん中の席に座る僕に教室中の視線が集中する。集中する視線を意識すればするほどに声が大きくなった。最後の方は喉がガラガラと鳴って、ドスの効いた声になっていた気がする。


「聞いてましたか? こんなね、履歴書ごときを丁寧に書ききれないやつはどうせどこかで躓きます。わかってるでしょ。あなた、話している途中で視線を少し下げましたね。間違いに気づいたからじゃないんですか? 単位落としたって、来年頑張ればいいでしょう。学費だって、大学生なんだから全部とはいかずとも少しは自分で稼げるでしょ。本当に八方塞がりになるということはないと思いますけどね。まだ、やり直しがきく場所で躓けただけましでしょう」

「確かにそうですね。すいません。ついカッとなってしまいました」


 机に広がる講義の内容が書かれたA4用紙のレジュメを雑にファイルにしまいながら言った。雑に扱われたことに対してむかついたのか、紙はスーと綺麗に人差し指の先端を切った。一秒ほどして指先がピリピリと痛みだし、血がぷっくりと切り口から顔を出した。


「はい。じゃあ今日はもう帰ってください。また口を挟まれたら講義の邪魔ですから」


 ガタッ。


「はい。今後はこのようなことがないように気をつけます」

「はいはい。さようなら」


 教室を出て、人が誰もいない廊下を歩く。指先からビキビキと音が鳴っているような気がする。血が垂れて、濃い青色の床に赤紫色の小さな水たまりができた。靴で踏みつけ、血を伸ばす。一センチくらい伸びた。


 血が白色のリュックにつかないように、人差し指だけを浮かしながらリュックのファスナーをシャッと滑らせる。黒の長財布の中から絆創膏を一枚取り出し、人差し指に貼った。じわーと一瞬のうちに絆創膏が真っ赤に染まった。結構深くまで切れている。絆創膏を貼っても、指先にはピリピリと痺れたような感覚が残った。


 明日からバイトだ。今日の午前中に来た連絡で、最初の勤務日も伝えられた。いつでもいいと伝えたら店長が明日を指定してきたのだ。絆創膏を取り出すためにリュックから出したままになっている財布の中を見る。千円札が二枚入っていた。これが今の僕の全財産だ。バイトも決まったことだし全部使ってしまおうか。そう思ったが、給料が出るのは一か月後だ。やめておこう。



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