結婚式のぬいぐるみ
だら子
第1話
「綺麗だ」
普段言わない言葉がスルリと口から出てくる。
「主役だからね」
彼女は舌をぺろっと出して肩をすくめる。
若さが引き立つウエディングドレスに、カールした巻き髪。
白い肌と、グロスで息をしていない唇。
結婚式。
いま。僕は心の底から胡桃を愛している。
胡桃のお腹が目立たないうちに式をあげる。
胡桃の両親は反対していたが、説得に説得を重ねた。
勤めていた会社を辞め、胡桃の父の下で働く。
想像しただけで震えるが、もうやるしかない。
今はこの愛すべき人の最高の瞬間に水を刺すこような行動だけはやめよう。
友達が多い胡桃に対して、僕に友達はいない。
この盛大な結婚式には、友人代行業者に依頼した。
「恥」なんて言葉は捨てた。
幸せになる。
早くして結婚、離婚した僕。
「結婚していたこと」は胡桃も知っている。
人と縁を切り、がむしゃらに働いてきた。
「友達なんていなくていいよ。あ、いるじゃないここに」
胡桃が僕の全てを包み込んでくれた。
恋人でもあり、友達でもいてくれる
手のひらに乗せられた胡桃のような温かい気持ちになり、彼女に惹かれて、今最高のセレモニーのクライマックスだ。
アナウンサーの湿り気を帯びたお祝いの声と共に、
両親へ僕らが生まれた時の体重のぬいぐるみが渡された。
すると、後ろからスッと元妻が現れた。
セキュリティはどうなっているのだろう。
正装して身綺麗にした元妻は、結婚式になじみ何も違和感なく座っていたのか。
そうか。友人代行のサクラのひとりとしていたのか。
僕のそばに近づく。
そして、同じようなくまのぬいぐるみを差し出した。
「これ」
人は、差し出されると、両手を差し出してしまう動物なのか。
僕の腕の中には、白いぬいぐるみがすっぽりとおさまった。
重い。5キロの米よりも重みを感じた。
元妻は、僕の目をじっと見つめ、舌をぺろっと出して肩をすくめた。
そして、大きな声でゆっくりこう言った。
「あなたが殺した、赤ちゃんの重さと同じよ」
結婚式のぬいぐるみ だら子 @darako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます