老犬は微笑む

香居

私は犬である。

 この家族と暮らして10年以上になるだろうか。ぬいぐるみである私にも当てはまるかは定かでないが、人間でいうところの80歳くらいだそうだ。

 長いこと穏やかに過ごしていたが、数年前から時折、かわいらしい子どもの声がするようになった。お嫁に行った下のお嬢さんが、子らを連れて遊びに来るためだ。

 そのような日は、やれおむつだの、やれおやつだのと朝から賑やかだ。

 上のぼんも下の坊も明るく元気がいい。違いがあるとすれば、上の坊は少し繊細で怖がり、下の坊は猪突猛進といったところか。奇しくも、生まれ年の干支のイメージと重なるのが、何とも面白い。


 彼らとの初対面も、それぞれ個性があって面白かった。

 上の坊は、我が家のお嬢さんの陰から様子をうかがっていた。喃語を駆使しながら私を指さし、お嬢さんに一生懸命訴えていた。ぬいぐるみとはいえ、大型に近い大きさの犬は怖かったのだろう。

 お嬢さんは坊をそっと抱きしめ、


「そうね。わんわんと『はじめまして』ね。家のわんわんは優しいから、怖くないのよ。大丈夫よ、ちみたん」


 と応えていた。

 下の坊は怖いもの知らずと言おうか、初対面にも関わらずハイハイでずいずいと寄ってきた。一対一でジッと見つめ合うこと数秒。さらに顔を寄せてきて、どうするつもりかと思った次の瞬間。いきなり私の鼻に噛みついてきたのだ。歯が生える前だったが歯茎の力もなかなかのもので、私は鼻を食いちぎられやしないかとヒヤヒヤした。

 幸いにも、すぐに母君が発見してくれたゆえ事なきを得たが……いやはや何とも勇ましいことよ、と感嘆したのが、ついこの間のことのようだ。


 今では、彼らにとって私が部屋にいるのが当たり前のようで、いない時があると、


「わんわん、どこぉ?」


 などと言いながら家中探し回る。この日の私は、縁側で日向ぼっこをしていた。私を見つけた坊たちは、


「わんわん、いた〜🎶」


 と嬉しそうに駆け寄ってきて、難なく私を持ち上げた。引きずるのが精一杯だった赤子の頃から数年しか経っていないというのに、その成長ぶりには目を見張るほどだ。それから定位置に私を降ろし、それぞれの遊びへ戻っていく後ろ姿にも成長を感じる。背が伸び、できることが増え、一日一日と、彼らは大人へと近づいていくのだ。

 彼らを見守る家族は、


「わんわん見つかって良かったねぇ」


 と朗らかに笑っていた──



 何気ない日常。とりとめのない話のような、ゆるやかに流れていく日常が、私には何よりも愛おしく感じられる。

 この陽だまりのような家族といつまで共にいられるかわからないが、私がここで生き続ける限り、愛する者たちの笑顔を、この光景を、魂に記憶していこうと思う。


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老犬は微笑む 香居 @k-cuento

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