ぬいぐるみの中で二人はつながる

下等練入

第1話

咲良さくら、はいこれ!」

「ありがとうゆい!」


 私――藤原ふじわら咲良が教室に入るや否や、綾瀬あやせ唯は待ってましたとばかりに紙袋を手渡してくる。

 中にはラッピングされたプレゼントが入っているが、その中身はもう知ってる。


 私と唯は中学生の頃から付き合い始め、もうすぐ5年が経とうとしている。

 そんな私たちは付き合ってしばらくしてから一つだけルールを決めた。

 誕生日とかクリスマスの大事なイベントでは互いにぬいぐるみを贈ろうというものだ。

 確か私が唯と一瞬も離れたくないってごねた時に、唯から「私があげたぬいぐるみを私だと思って我慢してほしい」と妥協案を提示され、そこから始まった気がする。

 きっかけはそんな感じだが、毎回唯のぬいぐるみは売り物かと思うくらいよくできており、唯からぬいぐるみをもらえるというのも続いている理由の一つになっている気がする。




 その日家に着くと私は真っ先に包装を開いた。

 中に入っていたのはカバンに付けられそうなサイズの熊のぬいぐるみ。


「やっぱ唯のぬいぐるみってかわいいな」


 そんな独り言を言いながらその熊の胸のあたりを押すと違和感があった。

 綿とは思えない固い感触がある。


(何回私に壊されても入れるんだから)


 どうせ今、唯はこのぬいぐるみを通じて私の部屋の音声を聞いているのだろう。

 だからといってこれ越しに文句を言ったり別れることはない。

 唯は私に壊されるとわかって盗聴器を仕込むし、私は入っているとわかって受け取るのだ。

 彼女からの愛情表現をこのぐらいで拒絶するほど私は冷めてない。

 これは二人の間である種の予定調和のようになっていた。


 私はぬいぐるみの胴と頭を繋げている糸を丁寧に切ると、綿の中から先ほどの違和感を取り出した。

 盗聴器といっても球体のケースの中に無造作に基盤が入っているだけの簡素なものだ。

 もう何度この作業をしたかわからないが、基盤を取り出し、線をぶち抜く。


「さてと、私も作っちゃわないとな」


 中に何が入っていたとしても、それさえ取り出せばそれは唯からもらった大切なプレゼントだ。

 私は離れてしまった頭を丁寧に縫い合わせると、自分の作りかけのぬいぐるみを取り出した。

 数日以内に唯にあげる予定の物だ。

 あとは綿を入れれば終わり。


「今回も間に合いそうでよかった」


 私は安堵のため息をつきながら綿の計量を始めた。


「あ、そうだ、そのそろ聞こえるかな」


 私はPCを立ち上げる。

 音量を調節すると、ノイズ交じりに聞こえてくる音声をBGM代わりにしながら私は目の前の作りかけのぬいぐるみに没頭していった。


 ◇


「唯、おはよう!」


 わたし――綾瀬唯が本を読んで1限までの時間を潰していると、わざわざ読書を遮るかのように本と視線の間に紙袋が置かれた。

 視線を声の方に向けると咲良が満面の笑みを浮かべながらそこに立っていた。


「おはよ、咲良。これは?」

「いつものプレゼント、この間唯からもらったのほどかわいくできてるかはわからないけど」


 わたしはそれを机の横に掛けながら咲良に言う。


「ありがとー! 大丈夫だよ、いつも咲良の作るぬいぐるみめっちゃかわいいもん!」

「そう言ってくれてよかった! そういえばさ――」


 そう言って咲良は話始めた。



 夕飯を食べ終えたわたしは手を胸の前で合わせながらいつも通りのセリフを口にする。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様です」

「あのさ、今日勉強に集中したいから邪魔しないでね」


 片付け始めるお母さんに向かってそう言うと、わたしは階段を上がった。


 部屋に戻ると私は昼間咲良からもらったぬいぐるみを机の上に置く。

 その時向こうにバレない様に強く握ると、いつも通りの固い感触があった。

 これはあるってことは咲良は今か今かとわたしが部屋に戻ってくるのを待っているだろう。


 PCつけると時間は20時を示していた。

 この時間なら確実に咲良は部屋にいるはず。

 わたしはヘッドホンをつけると、ぬいぐるみに向かって囁く。


「やっぱり咲良の作ったぬいぐるみかわいいな。大好きだよ咲良」


 しばらくするとヘッドホンの向こうからノイズ交じりの「私も好き」と言う言葉が聞こえてくる。


(よし、やっぱ聞いてる!)


 しっかり咲良が仕掛けた盗聴器が作動していることを確かめると、その後何度もぬいぐるみに向かって囁いた。


「大好きだよ」

「ずっと咲良と一緒に居たい」

「咲良かわいい」


 そんなフレーズを何回か呟くと、ヘッドホンから切なそうに「ゆぃ……」とわたしの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 わたしが「好き」って言うと彼女はそれに呼応するようにわたしの名前を呼んでくれる。


 15分ぐらいそれを繰り返すと、ヘッドホンからはマラソン後のような途切れ途切れの息遣いが聞こえてくる。


(ほんとに咲良はかわいいな)


 わたしは思わずこぼれてしまいそうになった笑いを嚙み殺す。

 咲良が自分だけわたしの部屋を聞いていると考え、油断しきった声を出すと考えると自然と頬が緩んでくる。


 1個盗聴器潰しただけで自分は安全だって考えて――。

 そんなわけないじゃん。

 そうやって油断させて本命で聴いてるんだよ。

 けどそんな浅い考えしかできない咲良も好きだよ。


 わたしは咲良の息切れが止み、こちらの声をちゃんと聴けると判断したタイミングで止めとばかりに話しかけた。


「ずっと愛してるからね、咲良」

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ぬいぐるみの中で二人はつながる 下等練入 @katourennyuu

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