第3話


 さて、ぬいぐるみへと転生をした私がどうなったか。

 その話をする前に、まずは私を作った少女について、そしてこの世界について話をしよう。


 現在、机の上に私と大量の山積みの本と睨み合いをしている少女。金色の髪と紫色の瞳を持つ異国人のような彼女の名はマルガレッティ・ベアテドール・シュタインと、長ったらしい名前を持つことからも分かるように上流階級のご息女。

 彼女の家は主にゴーレムやスライム等と言った魔物の『研究・生産・販売』を行う会社のようなものを経営している。一昔前の企業が如く、上層部は全て親族で埋められている辺り、闇が深いのだが、触らぬ神に祟りなしだろう。

 古くは迷宮や城などを防衛する魔物を管理していたらしいが、数百年前に大失態を犯した所で魔王継承戦争の余波を受け、遠い大陸へ一族郎党流刑となった。最も単純に辺境の大陸へ追放しただけな辺り、一族の断絶を回避しようとした連中がいたのは明確だろう。

 かくして一族はこの大陸で再起し、勢力と財力を蓄えた上で再び魔王に仕えようとしているのだ。計画が順調であることは、マルガレッティや家の者たちの豪勢な身なりや値段も分からぬ程に高価な家具、広大な敷地と花咲き誇る庭園を見れば、後は言わずもがな。

 

 さて魔王と言う名称で、あることに気付いた諸君も居るだろうが、マルガレッティの一族は魔族――人に似て人ならざる魔性の存在――だ。見た目では人間と変わらないが、それはマルガレッティだけなようで、彼女の父や母、親族などは角や牙を生やし、肌の色も青や灰色である。

 マルガレッティもよく見ると、耳が笹の葉のような形状になっているのだが、基本的に金色の髪に隠れている。私も彼女が寝間着になった時に初めて見て、驚いたものだ。

 

 バタン、と読んでいた本をやや強く閉じると、マルガレッティは唸りながら首を回している。まるで話作りに悩む作家のような表情の彼女は、現在一族を苦しめる難題の解決方法を模索している。

 彼女の一族の商売相手は主に魔族。

 では、魔族は何と敵対しているのか。

 

 同族?

 危険な魔物?

 傍若無人なオークやゴブリン?

 

 それもそうだが、最大の敵は人間――そして、この世界に転生してきた者たち。

 平穏な時間が流れるこの家も、一歩外に出れば各地で戦乱が起きている。毎日毎日、中央に位置する大陸――魔王と最大の人間勢力が割拠する場所――の出来事にはうんざりするような戦いの知らせが送られてくる。


 世界が変わっても、やることが変わらないとは呆れてしまう。

 まあ、私からすれば、異世界に人を転生させることが争いを過激にしていると思うのだが。

 まあ、私も転生者なのだが。


 だが、異世界がこんなザマであるなら、私がぬいぐるみとして、何より力のある者の所に転生できたのは僥倖だ。

 こうして後方でぬくぬく過ごせるのだから、ぬいぐるみ万歳だ。

 いくら御大層な力があっても、強力な魔術を持っても、嫉妬する程に羨ましい能力があっても、死んだら、それで終わりだ。何より私のような平和な国で生きていた人間に幾ら力を与えようが、いきなり戦うなど無理に決まっている。

 こちらとら、獣を捌いたことも無ければ屠殺しめたこともない。

 そんな人間に魔物など殺せないだろう。


 故に今日も私はダラダラと一日を過ごす。

 ぬいぐるみで何が出来るのか、と疑問に思う者もいるだろう。

 いや、これが驚いたことに意外と出来ることがあるのだ。

 例えば――こうだ。

 マルガレッティが新しい本を読みながら、空いた手で何かを探している。手元にあるメモ書きと彼女の手の方向に筆があることに私は気付くと――。

 むくりと軽い身体を起こして、よたよたと歩いて筆を取ると、彼女に手渡してやる。


 そう、驚いたことに、ぬいぐるみでありながら私は動けるのである。

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