奇妙なぬいぐるみ

国城 花

奇妙なぬいぐるみ


駅前から少し歩いたところにある細い路地を進むと、2階建ての小さな本屋がある。

その本屋は、奇妙な本屋である。


昼間に来たはずなのにいつの間にか夜中になっていたり、店主の顔や店までの道順を何故か忘れてしまう。

その本屋の名前は、「時喰ときぐい本屋」。

客から時と記憶を対価に貰う、奇妙な本屋である。



「ん…なんだ?」


店の外に不思議な気配を覚え、ふと顔を上げる。

来客の様子はなさそうだが、外に何かいる気がする。

確認するために立ち上がると、扉を開ける。

カランカランと、鈴が鳴る。


昼間だというのに薄暗い店の前には、ぬいぐるみが落ちていた。

どこにでもあるようなクマのぬいぐるみではあるが、かなりボロボロである。


「どうしたの?ヨウ」


店の中から声をかけられ、振り返る。

そこには、長い黒髪に青い瞳の美しい女性が立っている。

ヨウの相棒である、ルイだ。


「ぬいぐるみが落ちていた」


ぬいぐるみを見せると、ルイは少し顔をしかめる。


「人が好むものね。生き物の形を写して可愛がるなんて、私にはよく分からないわ」

「本物を側に置けないからだろう」

「偽りを側に置いて愛情を注ぐなんて、なおさら意味が分からないわ」


クマが好きなら、熊を側に置けばいいのだ。


「人というのは、弱いからな。熊を側に置いたら死ぬぞ」


ヨウは、汚れたぬいぐるみを拾い上げる。


「酷い見た目ね」


元の毛色が分からないほど汚れ、ところどころ毛が抜けている。

片腕はぶらりと取れかけ、首からは白い綿が出ている。


「ここに来たということは、我らの客なのだろう」

「ぬいぐるみは、本を読めるのかしら」

「読めないだろうな」

「では、何故来たのかしら」


ヨウは、ルイにぬいぐるみを差し出す。


「恐らく、先払いというやつだろう」

「なるほどね」


ルイは、納得したようにぬいぐるみを手にとる。


ここは、時喰ときぐい本屋。

客からの支払いは、時と記憶である。


ルイの手からふわりと青い風が流れ、ぬいぐるみを包み込む。

体の中にまで侵入した青い風は、薄茶色の風を吸い込んでルイの手元に戻ってくる。

それは、このぬいぐるみが持っている記憶である。


「あぁ…そういうこと」


ぬいぐるみの記憶を奪ったルイは、理解したように頷く。


「ヨウ。少し出かけましょう」




『クマさん、どこいったんだろう…』


朝起きた時、いつもベッドにいるはずのクマのぬいぐるみが消えていた。

あれはおばあちゃんに買ってもらった、大切なものなのに。

ふわふわの毛に、綺麗な目を持っている可愛い子なのに。


「ママとパパにおこられる…」


とぼとぼと、通学路を家に向かって歩く。

少しは慣れてきたはずのランドセルが、今日は重く感じる。


人影が見えてふと顔を上げると、歩道の先に2人の女の人が立っていた。


1人は背中まである黒髪に、青い目をしている。

もう1人は、短い白髪に赤い目をしている。


『だれだろう』


あまり見たことのない見た目だから、外国の人かもしれない。

そう思った時、青い目の女の人がクマのぬいぐるみを持っているのが見えた。


「クマさん!」


思わず、女の人のところまで駆け寄る。

近くで見ると、確かに自分のクマのぬいぐるみだった。


「どこにいってたの?しんぱいしてたんだよ」


クマのぬいぐるみを受け取ろうと手を伸ばすと、青い目の女の人はクマのぬいぐるみを手の届かないところへ逃がす。


「このクマは、お前のことを覚えていないわ」

「…どうして?」


あんなに毎日可愛がっていたのに、忘れるはずがない。


「私が記憶を喰ったからよ」

「どうして、そんなことをしたの?」

「このクマが、そう望んだからよ」

「そんなこと、クマさんがのぞむはずないよ!」

「このクマが何を望むかは、記憶を喰った私が一番よく知っているわ」


ルイは、冷たい青い目を少年に向ける。


「このぬいぐるみは、お前のことを憎んでいるわ」

「そんなはずないよ。ずっといっしょで、たくさんかわいがったもん」

「地面に叩きつけ、野犬に噛ませ、濁流に流すことが可愛がることだというの?」


ルイの冷たい視線にも動じず、少年は素直に頷く。


「かわいいからね、いっぱいたたくんだよ。だいすきだからね、いたいことをしてもゆるしてくれるんだよ。かわにながしてもね、ぼくのことがすきだからちゃんとかえってくるんだよ」

「人の子というのは、獣より残酷ね」


ルイは青い瞳で少年を見つめるも、すぐに関心をなくす。


「お前が可愛がっていたとしても、このぬいぐるみはそうは思わなかったということね。人に大切にされたいと願い、優しさを求めていた」

「おねえさん。なにいってるの?」


少年は首を傾げる。


「ぬいぐるみに、心はないよ」

「お前がそう思うのなら、そう思えばいいわ。でも、このぬいぐるみは確かに私たちのもとへ来た」


ルイは、手の中に青い風を揺らめかせる。


「私は、記憶を喰らうもの。このぬいぐるみは、自らの記憶を対価として支払ったわ。ぬいぐるみの願いは、お前の記憶を喰うこと」

「…ぼくの?」

「お前がもっとも大切としているものの、記憶を頂きましょう」


ルイが手を伸ばすと、青い風が少年を包む。

少年の体から、灰色の風がルイの手元に吸い込まれる。


「毎度あり」


ヨウがにやりと笑った時には、少年の目の前から2人の姿は消えていた。



「…あれ?どうしてここにいるんだっけ」


誰かと話をしていた気がするのだが、思い出せない。

通学路にいるということは、今から家に帰るところだったのだろう。


「はやくいえにかえらないと、ママとパパに…」


そこまで口にしてから、少年は首をかしげた。


「ママとパパって、だれだっけ?」



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