バホちゃん
丸子稔
第1話 バホちゃん
高校二年生の
そのうえ、いつもクマのぬいぐるみを持ち歩いていることから、周りは保奈美のことを完全に変人扱いしていた。
そんな保奈美だったが、なぜか合コンにはよく誘われていた。
誘うメンバーは大体決まっていて、みんな保奈美より少しだけランクの高い女子たちだった。
彼女たちは保奈美を連れて行くことで、少しでも自分たちを良くみせようと目論んでいた。
保奈美も薄々それには気付いていて、合コンで自己紹介する時はいつもぬいぐるみを抱えながら、「馬場保奈美でーす。私は、よく人からバカとかアホとか言われます。なので、今から私のことを、バカのバとアホのホを取って、『バホちゃん』と呼んでくださーい。得意科目は一つもなくて、その中でも一番苦手なのは数学です。自慢じゃないけど、未だに九九の八の段は言えませーん。あと、この子の名前は『ペーさん』です。決して『プーさん』ではないので、間違えないでくださーい」と、自虐ネタを披露し、盛り上げ役に専念していた。
そんなある日、合コン先で保奈美がいつものネタを披露すると、保奈美と同い年の男子高校生、
高志は県内でも有数の進学校に通っており、そのうえ文句なしのイケメンだった。
今までずっとピエロを演じてきた保奈美は、相手からそんな風に思われたことはなく、まさに天にも昇る気持ちだった。
しかし、女子たちはみんな高志を狙っていたため、保奈美が気に入られたことを快く思っていなかった。
「上本君、この子はやめといた方がいいよ。さっきの自己紹介も、ウケ狙いでやったと思ってるかもしれないけど、この子の場合はマジだから」
「えっ! じゃあ、もしかして、天然ってこと? いやあ、この時代にこんな子がいるなんて貴重だなあ」
「いやいや、上本君はこの子のことよく知らないから、そう思うかもしれないけど、毎日一緒にいるとこっちは大変なんだから」
「なんで? 保奈美ちゃんと一緒にいたら、毎日退屈しなさそうじゃん」
結局、高志は女子たちの妨害に臆することなく、翌週行われる祭りに保奈美と一緒に行くことになった。
そして、デート当日。高志が待ち合わせ場所の公園で待っていると、15分遅れてようやく保奈美が現れた。
「ごめんなさい! 浴衣を着るのに手間取っちゃて」
「ああ、そうなんだ。ていうか、そのぬいぐるみ、今日も持ってきたんだな」
保奈美の両腕には、『ぺーさん』がしっかりと抱えられていた。
「この子は私の子供みたいなものなの。この子まだ幼いから、一人にしておけないのよ」
「……あっ、そう」
支離滅裂なことを言う保奈美に、高志は戸惑いを隠せないでいた。
その表情から、彼が後悔しているのは明らかだった。
「わあっ、やっぱり人が多いね。私、お祭りに来るのって、小学校の時以来なんだ」
「えっ、そうなの? じゃあ、祭りとか、あまり好きじゃないんだ」
「そういうわけじゃないけど、中学に入ってくらいから、みんなから誘われなくなったの。なんでかわからないけど、私といると恥ずかしいみたいで……」
──それは、そのぬいぐるみのせいだよ。
高志は心の中で毒づきながら、「まあ、そういうこともあるよな」と、あいまいな返事をした。
二人が射的や金魚すくい等の定番の遊びをしながら歩いていると、「あっ、高志じゃん。久し振りー」と、同世代くらいの女子が声を掛けてきた。
「おお、加代か。ほんと久し振りだな。ていうか、お前まだそのぬいぐるみ持ってたのか?」
うさぎのぬいぐるみを抱えている彼女は、高志の元カノで名前は足立加代。
ちなみに彼女は、九九の七の段を苦手としていた。
「当たり前でしょ。この『リビット君』は私の弟みたいなものなんだから。それより、隣の子は誰? もしかして彼女?」
「えっ、いや、まだそこまでいってないっていうか……とりあえず紹介するよ。彼女、馬場保奈美って言うんだ」
「どーもー、馬場保奈美でーす。ニックネームは『バホちゃん』でーす」
「『バホちゃん』って何?」
不思議そうな顔で訊く加代に、保奈美はその経緯を説明した。
「あっ、そう。私は足立加代。高志の元カノよ。じゃあ、私は『バホちゃん』に対抗して、アホのアとバカのカを取って『アカちゃん』にしようっと。今日から私は『アカちゃん』よ。オギャー! オギャー!」
加代が高志の元カノと聞いて、闘争本能に火が点いたのか、保奈美は「バホッ! バホッ! バホッ!」と叫びながら、高志を置いたまま一人で歩き出した。
「オギャー! オギャー! オギャー!」と、加代も負けじと保奈美の後を追い掛け、二人の行く先はまるでモーゼの十戒のように、きれいに人波が二つに分かれていた。
了
バホちゃん 丸子稔 @kyuukomu
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