僕は、ぬいぐるみ
雲母あお
第1話 ボクは、ぬいぐるみ
いつからここにいるんだっけ?
縦に伸びる光の白い隙間から、向こう側が見える。
見るたび違う服を着た、それはそれは綺麗なお人形さんが、こちらに向かって座っている。
かつて僕がいた場所だ。
今、ボクがいる場所は、真っ暗だ。
皮肉なことに、あのお人形がみえる、引き戸の隙間から差し込む細い光が、少しだけボクのいる黒い世界を薄くしていた。
いつからここにいるんだっけ?
大人の人間が、
「押し入れにでも入れておけば?」
と、言ってから、僕はずっとここにいる。
引き戸はピッタリと閉まらないようで、隙間があき、いつも端っこから光が漏れていた。その光の漏れる引き戸の隙間は、ボクには、上から下まで真っ直ぐに引かれた白い線のように見えた。
いつからここにいるんだっけ?
あちらとこちら。
何が違うんだろう。
あの綺麗な人形がやってくる前は、あの場所にはボクが座っていたんだ。
「もふもふ、ふわふわで、可愛いー!!」
ってあの子に言われて、それはそれはかわいがられたものだ。
ボクは、あの子に何かしてしまったのだろうか。
自分では動かせない、この体で……。
ボクは、あの子に何か言ってしまったのだろうか。
自分では言葉を紡げない、この口で……。
それとも………
…… ボクが、何もできないから……?
ある日、押入れの端っこに座らされて、引き戸がゆっくりと動き、どんどん光が閉ざされていった。
そして、最後に光の筋が、びしっと上下に一直線に残って、止まった。
そう、押入れの引き戸は締められたのだ。
それ以降、一度も引き戸が開くことはない。
ここに座ってからのボクは、ずっとあの綺麗なお人形を見つめる毎日。
あのお人形が可愛がられて、ボクが、ここでそれを見続けている理由。
ボクには分からない。
あれから、毎日毎日考える。
『あのお人形が座っている席は、ボクの席だったんだぞ!』
『後から来て、我が物顔か?』
『ここから出せー!』
『なんであの子は、ボクのことを可愛がってくれなくなっちゃったの?』
『もう一度、あの子にぎゅっとされたいよ!』
『前みたいに、毎日ボクに笑いかけて。』
『怒って、泣いて、いろんなお話を聞かせてよ!!!』
でも、それは、今、あのお人形さんの役目……。
ボクは、毎日引き戸の隙間から聞こえてくるあの子の声を、じっと聞いている。
ボクに向けられた言葉ではないけれど……。
あの子の声を聞くと、なんだか落ち着くんだ。
途切れ途切れで、どんなお話をしているのか分からない。けれど……。
ボクは、あの子の声が、好きなんだ。
きっとそんなこと、あの子は知らない。知るわけがないんだ。
『ねえ、ボクにも、お話聞かせてよ。』
『ボクのこと、忘れてしまったの?』
ーーーーーーーー ボクがここにいる意味はあるの? ーーーーーーーーーーー
1年経ち、2年経ち、3年経ち……
だんだん、何も思わなくなってきた。
だんだん、何も感じなくなってきた。
ただ、綺麗なお人形を隙間から見つめる毎日。
それは、ずっと続いている。変わらない毎日。
ただ、一筋の光が差し込む暗い場所から、まばゆく光るそれを、ただ眺めて続けているだけだ。
今日もまた、あのお人形は新しい服を着せてもらい、あの子のおしゃべりを聴いている。
ボクは、ぬいぐるみ
ずっと、暗いところにいて
ずっと、眩しいところを見つめて
そうしていたら、ボクがどんな姿だったのか思い出せなくなっちゃった。
ボクは、何のぬいぐるみだったっけ?
ボクは、あの子になんて呼ばれていたっけ?
自分の意思では、体を動かせない。
自分の口では、言葉を紡げない。
ここは、暗くて、寂しいよ。
誰か、ボクを見つめて。
ボクがなんなのか教えて。
『ボクは、何かのなんとかって呼ばれていた、ぬいぐるみです。』
「ボクは、押入れの中にいます。」
僕は、ぬいぐるみ 雲母あお @unmoao
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