キツネのぬいぐるみ

洞貝 渉

キツネのぬいぐるみ

 ランドセルをシャンシャンと鳴らしながら、その子どもは窓辺に飾られたキツネのぬいぐるみに手を振ります。

 子どもはキツネのぬいぐるみが好きでした。

 そのため、子どもは毎日、キツネのぬいぐるみに会うために通学路から外れた道を通って登下校していました。

 通学路として想定されていないその道は狭くて視界も悪く、子どもは何度も車や自転車とぶつかってしまいそうになります。でも、そのたびに子どもは何かに服を引っ張られ、かろうじて事故にはなりませんでした。

 事故は起こりませんでしたが、子どもの通う学校に幾度もクレームが入り、とうとう子どもは大人たちから大目玉を食らってしまいます。

 キツネのぬいぐるみが窓辺に飾られた家のある道ではなく、定められた道を通るようきつく言いつけられ、子どもは泣く泣く従うしかありませんでした。


 子どもはそれでも、大好きなキツネのぬいぐるみのことが忘れられず、ある日とうとうキツネのぬいぐるみに会いに通学路を外れてしまいます。

 しかし、いつもの家の窓辺にキツネのぬいぐるみの姿はありませんでした。

 どんなに目を皿にして探してみても、ぐるりと家の窓を片っ端から確認してみても、キツネのぬいぐるみはいません。

 家の人に聞けばキツネのぬいぐるみがどこにいるのかわかったかもしれませんが、子どもにはそこまでする勇気がどうしても湧きませんでした。

 がっくりと肩を落とした子どもは、運の悪いことに死角から猛スピードでやってきた自転車にはねられてしまいます。


 一度注意されていたのに、また通学路を外れたと言って子どもは大人たちから再び大目玉を食らいまいした。子どもは事故でけがをして、おまけにこっぴどく叱られてしまい、その後は卒業するまで二度と通学路を外れませんでした。

 でも、子どもはやっぱりキツネのぬいぐるみのことが忘れられません。

 子どもは事故の後、しばらくは落ち込んでいましたが、あることを思いつきます。

 もう小さくなってしまい着なくなった古着を引っ張り出し、なれない手つきでジャキリジャキリと切って、チクチクと縫い出しました。

 やがてそれは、とても不格好なキツネのぬいぐるみになります。子どもが毎日手を振っていたぬいぐるみとは似ても似つかないそれを、しかし子どもはたいそう大切にするのでした。


 子どもは大人になり、手作りのキツネのぬいぐるみをかまうこともなくなります。

 今ではキツネのぬいぐるみは、かつて大人が子どもだった時に過ごしていた子ども部屋の窓辺に飾ってありました。

 大人は知りませんが、手作りのキツネのぬいぐるみはある子どもに毎日手を振ってもらっています。その子どもはキツネのぬいぐるみのことが好きでした。

 その子どもは少しそそっかしいところがあって、たびたび車や自転車とぶつかってしまいそうになります。でも、そのたびに子どもは何かに服を引っ張られ、かろうじて事故にはなりませんでした。

 子どもたちが気づくことは最後まで無いのですが、実のところ、キツネのぬいぐるみも子どもたちのことが好きだったのです。

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キツネのぬいぐるみ 洞貝 渉 @horagai

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