第13話 時空旅人の復活
久しぶりの群青の授業に背筋が伸びる。彼はあたしが唯一学問の先生として尊敬する博士でもあるからだ。
「どうして僕のことをそんなに尊敬するのかは知っているつもりだけれど、答え合わせをお願いしてもいいかな?」
「もちろんです。群青は算数と理科が得意だから」
「よかった。同じ意見だった」
群青は身体が不自由だ、その謎を解明することは簡単だったんじゃないかと思うけれど、身体が不自由なままにしておくことが自由なのかもしれないと時々思ったりもする。あたしも少しは大人になったのかなあと自尊心が芽生えた。
「君は新しく何かを始める時、例えば新しく誰かと関係を作るときにどうやってはじめる?はじめましてとかそういう挨拶の話ではなく、君の心の有様として」
群青の授業は質問から始まる。
あたしは身構える。もしも、それが法律とか経済とか文学とか哲学のような同じ専攻学問なら先生よりも流暢に答えることができる。
でも相手は算数と理科の天才、群青だ。答える言葉を用意するだけでも精一杯で、話したいことがあまりにもありすぎるから今度は言葉に詰まってしまう。
「ゆっくりでいいよ、君の知っている算数や理科の知識を使ってしっかりと聞き取れるから」
深呼吸したところで何も解決はしない。冷静になることでも問題はクリアにならない。
でも最近良い方法を発見した。
「あたしはあたしの旗を掲げてあたしの言語を使おうとします。例えば、群青に見せているこのノートは基実くんとも一緒に使うノートです」
「うんうん、なるほどね。どうしてそうするの?」
「旗を変更してもあたしは変わらないし、言葉を変えてもあたしは装うことができないからです」
「不自由な状態のままでも?」
「不自由な状態を保持していても問題がない場合とそうでない場合を私は分けることができる」
「さすが難攻不落の悪名高い女性だ」
群青の車椅子がキリキリと音を立てて窓辺に向かっていく。すごく不思議な光景だった。
「君は新しさを絶対に表明しない。それどころか伝統を尊重し、歴史に新しい風を吹き込んでリフォームしてしまう。違う言語や違う旗、すなわち新しさを声高にプロパガンダするような取り繕う人ばかりを見てきたから、最初から予感はしていた」
群青は時空旅人だ。そうだ、それなのにどうして車椅子を?
「僕の車椅子はファッションなんだ、気づいたかな?」
群青が一瞬笑ってベールを取り去る。
それから3日後だった。
「やあ、君がめぐちゃんかい?こんばんは。はじめましてだね」
群青に似た背の高い若い外国人だった。
「違うわ、あたしはあなたを知ってる」
「僕の名前を?」
「いいえ、あなたの存在を」
「さすが難攻不落で有名な女性だ」
「あたし、もうその程度の言葉は聞き取れるのよ」
鼻をふふんと鳴らすと彼は苦笑いした。
「お名前は?」
「スチュワートです」
サイエンスの名残を感じる名前に、あたしは顔を顰めた。困った顔をした群青の面影があった。
時空旅人が復活する瞬間をあたしが初めて見たことを、その夜スカーニーから教えてもらった。
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