第8話 時空旅人の限界
死とは時空旅程のはじまりだ。受刑するものはサドガイ派として北方に、罰を受けるものはファリサイ派として西海岸に送られる。
鉄原野という呼び方は時空旅人になってはじめて知った。なんてことはない、この地球のことを言う。
私が時空旅人になったとき、ウリエルは新疆の山頂に立っていた。大きな翼を見せまいとする慎ましさと高山の紫外線の強さで頬が赤黒かった。なんだか天使という印象は感じられなかった。
ウリエルは私に言った。
「あなたは北方を目指すのです。深夜航路は月によって開かれる。真昼の月もまた運が良ければあなたを招き入れるでしょう。旅路の中であなたは鉄原野から絶望を与えられるかもしれない。洗礼は帰還不履行の契約です」
「私はどうなるのですか?」
「銅河原に国籍を移すことになります。ケルビムは清掃を、セラフィムは整地を司っています。あなたはどちらかの仕事に従属することになります。時空旅人はそもそも天国までしか行けません。今の時点では」
鉄原野の次にあるのは銅河原だ。地獄と言われる場所でガブリエル圏域により規制線が敷かれている。銅河原にはイエスが極東の小さな島にいる。ケルビムとセラフィムは清掃か整地かで争って、各々の基地局にモン・サン・ミシェルとセントポール大聖堂を役割の象徴として建立した。セラフィムはミカエルを殊更可愛がっていた様子が伺える。
銅河原をと銀河の間にはラファエル/ミカエル圏域があり、この銀河がいわゆる天国だという。
つまりは時空旅人はこの銀河までしか行けないということらしい。
「その先にあるのが、金海、永遠の命です。鉄原野から金海に到達したものはいないのですが、聞くところによるとあなたの娘はこの金海で生まれたそうですね」
ウリエルの赤黒い顔は娘の病気の皮膚病変を想像させた。なんと答えていいかわからないまま、私はその後時空旅人として北方に向かった。
時が経過して、絶望のすえに私は洗礼を受けた。
ケルビムとセラフィムと交互に話をしてくる。耳だけで追えるほどふたりの声は和音を奏でやすい似て非なるものだった。
「清掃は清掃用具となるものを導くこと、整地は整地材料となるものを導くことです」
「鉄原野だけではなく、銅河原から連れてくることもあるけれど」
「時空旅人の中のサドガイ派はそのための旅程を歩んでいますから、初心者向けですよ」
「ガブリエル圏域は足を掬われたらガブリエルの奴隷にならなければならないから大変なの」
私はどちらでもよかったけれど、ケルビムのほうに従うことにした。
「衣子!これをあげましょう。鉄原野にいくときは便利ですよ」
ケルビムがプレゼントしてくれたものは鉄原野の地図だった。
中心にあるユグドラシルには見覚えがあった。極東のイエスがその木のてっぺんに立っている。
「烏鷺棋のために植えられた世界樹です」
ケルビムは親切だ。私は感謝を伝えて早速仕事に向かった。初仕事は麻野さんの魂だ。臓器腐食期間がそろそろ終わるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。