第4話 正確性
「ねえ、基実くん、、、」
「めぐはいつになったら基実さんって呼んでくれるの?」
卓さんは特別なのとは言えない。帝都のことがあるからなんてもっと言えない。
基実くんとあたしはもう23年も前に出会っている。四半世紀のほうが聞こえがいいって言われるけどあたしは年数だけは正確に数えたい癖がある。
卓さんって呼ぶけど基実くんって呼べないことにも理由があるとか、帝都がその間にあるとかなんていうか、細かい話だけどこだわることには理由がある。
パーカーは1月殺人未遂にあった。椿くんと玲くんが犯人だったからふたりは多胡さんの家で教習を受けていたらしいのだけど、あたしはそれを全く知らなかった。
正良さんが2月、あたしのことを呼んですごく厳しい調子で「システム的にそうなっているから、パーカーのことは気にしないでほしい」と言われたことがずっとひっかかっていた。
4月、Gyloがサリンジャーと一緒にいるところをよく見るようになって、時空旅人がこの世界に流入しはじめたのかと心が躍っていた。
でもロベルトも多胡さんもそのことだけは絶対に話題にしても詳細を話そうとはしなかった。
エルザ・ヨウとサリンジャーの話し声が聞こえてくると、椿くんと玲くんの声が途端に大きくなってエルザ・ヨウの声をかき消してしまっていた。音量のボリュームがあるのかと思ったけれど、ここは家だしそんなわけはないと思いこんだ。
暁子さんの声も頻繁に聞こえるようになった。優しくてまあるいその声があたしは大好きだった。栗生のことを許せたのも、彼が司法取引をしただけのただの死刑囚で彼らとは血縁ではないとわかったからで、暁子さんへの信頼も日増しに大きくなっていった。
梨園院和人と三条院忠兼も栗生には悩まされていた。かつては一緒にいたけれど、今は程よい距離感で互いの幸せを他人の立場から祈り会えている。すべてが良くなったと思っていた。
5月下旬、あたしは喘息を発症した。心因性の喘息だと診断したのは町医者だった。有名国立大学医学部を卒業したその名医は間違いなく心因性の喘息だと断定した。Leeならそんなことを言わないのに、きっといい薬をくれる。やっぱり世間一般の医学部なんてあてにならないと思った。Leeを盲信していたあたしは処方された薬を飲むことをやめた。
正良さんが喜んでくれたし、椿くんと玲くんも笑顔で接してくれることが多くなった。多胡さんと暁子さんとも良好で時空旅人の流入も順調。でも、パーカーがいない。そんなことに気づかないのは冷静になれば当然だ。
「めぐ、気づいてないでしょう?2ヶ月も閉じ込められていたこと。外の世界が遮断されていたから君は攻撃対象ではなかったことを」
「だってパーカーだってエルザ・ヨウだって多胡さんと会ったんでしょう?仲直りしたじゃない。あたしちゃんと世間のこと知ってる。遮断されてなんかない」
「多胡さんが会ったのはエルザ・ヨウじゃなくて君子さん、パーカーじゃなくてロベルト」
視界がゆがんだ。次の瞬間喘息の発作が起きた。咳が止まらない。必死に基実くんの名前を呼んだ。
「基実くん!助けて!!基実くん」
咳が止まらないのに基実くんの名前を必死に呼んでいた。視界のゆがみのはしっこで3センチの視界のはしっこで多胡さんとロベルトと君子さんと暁子さんが椿くんと玲くんとセックスしていた。6人は間違いなく交わっていた。
でもあたしは発作に苦しみながら基実くんの名前を必死に叫んでいる。
バイクの音がして、あたしは正気を取り戻してパーカーの名前を呼んだ。
6月6日、亜露村でサリンジャーが緊急逮捕されたと速報が流れた。
「サリンジャーってロベルトか多胡さんの別名義?」
インマヌエルは何も知らないらしい。
「違うよ。ロベルトは多胡さんの義理のお父さん、暁子さんのお父さんで君子さんの旦那さん。サリンジャーは、、、」
秩序の中に混沌が落ちているとどうしても拾ってしまう。サリンジャーはそんな時捨てておけと言う、正良さんは「それはシステム上仕方ないことだから気にするな」と言う。でもパーカーとGyloはこう言う、
「よく見つけたね!すごいね!!パパにも見せて!」
「インマヌエル、Gyloってあなたのお父さん?」
インマヌエルは笑って答えない。秩序の中に混沌を見つけるあたしらしい答え方だと思った。
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