第16話 金の話

「あなたが拾ったのよね!?」

天村君子の横で長尾紀営が痛々しそうに見ている。叱られているのはヨハネス・エリヤ=栗生だった。不貞腐れたような表情の裏の気持ちを思いやると紀営の心は痛んだ。

「権利主張なんでしないのよ!私大の法学部に行かせてやったからうちは借金があるんじゃないの!!なんで権利とかそういうものがわからないのよ!!」

この母親は息子が傷付けられたらあらゆる権力を使って守るのに、一対一になると自我を剥き出しにする。


借金があることは事実だ。衣子の縁戚であることを利用して、朱雀雪芸の思いに取り入ってここまでやってきた。40年間の努力にはさまざまなことがあった。3度の離婚はすべて亜種白路との契約のためだったし、目的を遂行するために息子のヨハネス・エリヤ=栗生が3000万円の借金をすることにも黙認した。尻拭いには多胡開望と恋人の暁子を向かわせたのは今年の3月だった。めぐみが偶然にもその喫茶店に居合わせたことが一度は吉と出た。しかしすべてのことが明らかになればそれに比例して立場は悪くなる一方だった。


「タダで渡してどうするのよ!!!あんたが背負った借金までママが面倒みてあげてるのよ!!ねえ!!」

胸ぐらにつかみかかる君子と栗生の間に紀営がたまらず割って入る。

「ちょっと、君子さん」

「あんたは黙っていなさいよ!衣子の時の負け犬のくせに!」

紀営は金縛りにあったように身動きが取れなくなった。


この家族はあの時からそうだった。

衣子がスカーニーとの間に子どもができた時、亜種白路は雇用問題を持ち出して「どちらが面倒を見るのか」という抽象的な言葉で金銭を要求した。しかし月はどんどん満ちていく。折衷案として成人したら正式に結婚しようとなった。その約束を亜種白路は面白くなく思っていた。衣子が成人する3年後、自分達には旨味がないことは明白だったからだ。

この3年間の期間限定のめぐみの養育を受け入れてくれるところなどあるわけがなかった。ところが亜種白路が「いいところがある」と提案した。無論、そんなことは建前で養父母には返さなくていいとして実子として手続きをさせた。

亜種白路は知らぬ存ぜぬを貫いた。

これが亜種白路の暴走の始まりだった。


朱雀雪芸とスカーニーの親子仲が引き裂かれた理由と亜種白路の暴走は比例している。三閉免疫症候群の人権を奪うことを雪芸が黙認したのも、息子夫婦と孫がいずれ救われるならと考えたからであり、それはMJustice-Law家の当主としてではなく、ひとりの祖父としてひとりの父親としての決断だった。


紀営は衣子に恋をしていた。多胡開望も衣子に恋をしていた。面倒見の良い衣子のことは誰もが好きになった。明るくてポジティブで頭もよかった。ただ移民であることを除けば申し分のない結婚相手だった。

スカーニーには何人ものフィアンセ候補がいた。いまのめぐみと変わらない。もちろん雪芸の時も同様だった。

衣子はスカーニーが何者か知らなかった。だからこそ雪芸は息子たちの恋愛を大切にしてやりたかった。たったひとりの自分の孫も同様に。


紀営は今目の前でなじられているヨハネス・エリヤ=栗生に自分の姿を重ね合わせている。たぶんこの母親は今自分に投げかけたことと同じことを息子にも思っているのだろう。

「負け犬のくせに!!」

俺は百舌鳥柄の代表だったわけではないのに、いつの間にか百舌鳥柄の代表のように亜種白路に厚遇された。

いっそここでこいつら全員を殺してしまえばみんな幸せになるんじゃないだろうか。

紀営は疲れ果てた頭で必死に最善策を考えていた。



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