第4話 混沌と秩序と血脈
「亜露村を焼いてしまいたいの、、、」
恵さんは確かに寝言でそう言った。業火の隠秘を俺は初めて聞いたのは6月1日だった。兆候は前日5月31日にはあった。
「ねえ、基実くん、、、」そう言って恵は目を大きく見開いて急に咳き込みはじめた。揺らぐ視界の端っこにまた白いもやが見えた。卓と名付けられたあいつか、いや、衣子さんか、、、それともソレである恵さんか。俺に背を向けて激しく咳き込み、ソレは加速するようだった。まるで俺を拒絶するかのように見えても俺は冷静に最善のことを考えられた。亜露村での経験が役立ったと俺は初めて亜露村での生活に感謝した。
Leeを呼ばなくちゃ!
電話をかけてもLeeはつながらない。なんでだよ!こんな時に!!
恵さんはどんどん咳き込んで呼吸困難になっていく。背中をさすりながら方々に電話をする。最善を、亜露村での悔しさが俺の冷静さを保たせた。
正良さん、多胡さん、、、、椿くん、それから、玲くん。誰も繋がらない。多胡さんには期待はしていなかった。でも正良さんまで出ないなんておかしい。
焦る気持ちをしっかりと沈める。海の底へ、気持ちの奥底へ、誰もが恐るその先を俺は2度も3度も見ている。その先について俺はまるでおそれを抱かなくなっていた。
「はいはい、なにー?おい!スカーニー!ロベルトから目を離すなよ!」
荒っぽいパーカーは俺の憧れでもある。
「恵さんが!咳が止まらないんだ!」
パーカーは不思議な人で恵さんのことになると、正良さんよりも涙を流し、正良さんよりも怒りに燃える。でも正良さんはパーカーをとても嫌っていたから俺は世話になっている手前あまり連絡を取ることをしなかった。だけど、あの冷静さと強さと決断力に男で憧れない奴なんていないと思う。
「すぐ行く」
乱暴に電話が切れた。それからすぐにバイクの音がして、遠くから近くにまるで波みたいに押し寄せるその音と共にどういうわけか恵さんの発作は引いていった。波が押し寄せることと、波が引くことが見事に合致している。俺は言葉を失った。
「めぐちゃん!大丈夫か!!??」
「あ、パパ?」
音が消えた。混沌が秩序に変わった瞬間に俺は恐怖を感じた。
夜は俺が添い寝をした。いつどこから誰が来るかわからないからとパーカーが夜通し起きていろんなところと連絡をしてくれた。マネージメントなんてもう30年もやってなかったけど案外俺得意かも、そう言って明け方恵さんが起きる前に帰っていった。バイクの音が遠くなると恵さんがまた咳き込んでしまうのではと不安になったけれどそんなこともなかった。
「パーカー帰っちゃったの?」
「ロベルトのことがあるからって?」
「ロベルトくん?多胡さんの別名義だっけ?」
また混沌が秩序に変わった。混沌が秩序に変わる時明らかにこの世の中の色彩が変わる。迷彩柄だった隠秘が不穏から真っ赤に燃え上がるのだ。
「亜露村を燃やしてしまいたいの、、、」
それから5日後の6月6日、亜露村が陥落した。真っ赤に炎上していることをソレが隠すように大量の雨が降り注いだ。
正良さんが言っていたことを思い出した。
「ソレが彼女だとしたら俺たちは何ができると思う?」
自分の息子に、血を分けたという息子に卓という名前をつけたのは秩序を人工的に生み出すためだったのだろう。
恐怖が支配する瑣末な時代はすでに陥落していたらしい。恵さんがソレである本当の怖さを知った時、俺は秩序を求めてそれらの事実を真っ赤になるまで燃やしていた。
「お疲れさん」
パーカーは明け方になって俺に缶コーヒーを買ってくれた。少し暑かったからトラックの中で朝焼けを見ながらふたりで飲んだ。
「今気づいたんですけど、俺たち缶コーヒーつながりなんすね、、、」
「うん、俺がお願いしたの」
「認めてくれたってことですか?」
「めぐちゃんを悲しませたら俺、頸動脈しめるからね」
「、、、基実にも俺頸動脈しめられるんですかね?」
「ハハハ!どうかな。でもあいつかなりできるよ」
真っ赤な空は朝焼けだった。神が作る真っ赤な空は朝だけじゃない。業火の中でさえ美しさと優しさを見ているものに感じさせるからあいつは天才だと思う。
「めぐちゃんのことまた教えてね。こっそりと。俺だって君ら以上に待ち焦がれたんだから」
「はい、、お父さん」
「それはまだ言っちゃいけないよ」
パーカーの優しい笑顔と正良さんの笑顔を比べてしまう。秩序と混沌。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。