第17話 帰還

サイモンとガーファンクルだってオアシスだって何かひとつ足りないと言っているようなものだった。そしていつも後付けで真似をするのがこの国が猿真似だと言われる理由だった。

契約違反になりはしないか?という恐れはなかった。なにせこの国には「何かひとつ足りない」その何かがいるのだから。


朱雀雪芸が恩賜芍薬と名前を変えて時空旅人から帰還した。

9月11日午後11:45

奇しくも2001年にアメリカで起きた同時多発テロと同時間帯だった。


恩賜芍薬の姿の歓迎会を計画していたが、それよりも烏鷺棋の処分を優先させて欲しいという芍薬の気持ちを優先して会は質素に執務を担う少数の人々によってのみ行われた。


恩賜芍薬の世代が揃うのは60年ぶりだった。

セオの家のゲオルギとスチュワートの家のアルバートは、恩賜芍薬を当時の本名そのままオルレアンと呼ぶことにしていた。


セオの家はヨハネからゲオルギにつながり、ビルへと繋がっていく。

スチュワートの家はパウロからアルバートにつながり、セバスチャンへと繋がっていく。

めぐみの家はジョシュアからオルレアンにつながり、スカーニーへと繋がっていく。


「オルレアンという名前はあまり好きじゃない」

恩賜芍薬は再会の喜びを照れ隠ししてそう言った。それでも彼はすぐに非礼を意識して、話題を変えた。

「ゲオルギとアルバートはどうやってここまで来たんだ?君らも時空旅人だったのか?」

「ゲオルギは幽閉、私は逆回転の時空旅人、簡単に言えば金海を先に見てきた」

「どうだった?」

最も気になるところだった。100年近くMjustice-Law家の重荷となっていた相続の話に直結する。

「うまくいきそうだ。そのための供物も運良く紐づけることができた」

「本当か!」

「ああ」


Senested-XiaoによってMjustice-Law家が創設された当時は今日ほどの繁栄は想像もしていなかった。1000兆ドルという巨額の資産は宇宙のように日々、コンマ秒単位で膨れ上がっていく。まるで宇宙のようにビッグバンを繰り返しながら、どんどん膨れ上がっていっていく現実は決して喜ばしいことではなかった。子どもの誕生を憂うようになった、結婚を躊躇せざるを得なかった。必要以上の身体検査を遡って行わなければならなくなった。Mjustice-Law家が何者であるとわかったと同時に手のひら返しをして戦争をしかけた亜種白路の病原体は知らぬうちに世界中の空を覆った。すでに天と呼べる天はなく、すべての天が空となってしまっていた。


御三家という言葉が日本語では馴染み深いし、亜種白路もMjustice-Law家のことをそう捉えていたが、とんでもない!真実は三位一体だ。鍵の所在を1箇所にしないための工夫であった。

ゲオルギとアルバート、そしてオルレアンの時代にこの三位一体を確立させた。

適格者が7名しかいなかったことは幸いであったが比例してその後少子化を伴ったことはとても不幸だった。肩にのしかかる負荷の重量が重くなるばかりだったからだ。


ゲオルギとアルバート、そしてオルレアンは金海の発案者でもある。

過越に参加できる人々を精査するために要した時間は約30年。

「そろそろ収穫を」

時空旅人であったオルレアンと金海調査のアルバートの意見を集約して鉄原野に幽閉されていたゲオルギが宣言を行った。2023年5月のことだった。

反転的意味も理解できず亜種白路はむなしい抵抗を昔と変わらず同じ手法で続けている。


9月11日、最後のひとりであるオルレアンが恩賜芍薬の名で帰還した。その本当の姿を80億人は知ることができない。それがMjustice-Law家のやり方だからだ。


スペイン語圏の王はゲオルギ、フランス語圏の王はアルバート、そして英語圏の王はオルレアンが担った。

その他の少数言語については次代のスカーニーが太平洋を、ビルが大西洋を、セバスチャンがインド洋を担うことになった。

セオとスチュワートとめぐみは見学だ。

「ねえ、めぐちゃん、そろそろ名前決めてくれる?オルレアンみたいなこと求めてるんだけど」

めぐみは面倒だなあと顔を顰める。

「グレースにする」

「その名前は象徴雇用者は使えないんだからね?いいね?」

「だからグレースにするの。めぐみの英語の意味はグレースだから」

養父がつけてくれた名前を彼女は何よりも気に入っている。

「発音がmake meなのもいい。Melodyに聞こえるところもいい」

名前を呼ばれるとくすぐったいとばかりに微笑む姿をいつかまた養父にも見せてやりたい。オルレアンは初めて再会する孫娘の姿にそんなことを思った。



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