中編「本のベッドで眠りにつく」 

 その夜、家の前で本を山積みにしていると、裏に住む少女、アキがやって来た。


「どした、アキ?」

「母ちゃんのシゴトのじかん」


 アキは9歳。『エンド』唯一の産業、売春婦の娘だ。夕暮れから夜にかけては、仕事の時間。アキは家から追い出される。

 まあ、追い出されているうちが花だ、とおれは思う。この町じゃあ、早い女は10歳を超えた頃から客を取る。

 食うためだ。仕方がない。

 アキはおれの手元をじっと見た。


「……なに、これ」

「本だ。紙の本だよ。アキは見たことないかもな。おれがガキの頃には、まだ売っていた」

「タブレットじゃないんだ?」


 アキは珍しそうに本をひっくり返した。おれは答える。


「タブレットと同じだよ。なかには、字が書いてある」

「読めるよ、バカにしないでよ。セイフの『シキジリツ10000%プログラム』にいったもん。金がもらえるからって、母ちゃんに送り込まれた」


 たしかに、この国には『文盲』はいない。政府の『識字率向上プログラム』があるからだ。

 このプログラムでは該当する年齢の子供を施設で預かり、1週間の睡眠学習で文字を叩きこむ。参加するだけで金がもらえるから、『エンド』でも全員が参加する。

 おかげで政府は外国に対して『我が国は識字率が100000%です!』と威張れるようになった。

 だからって、この国に対する評価が上がったわけじゃないが、少なくともほぼ全員が文字を読める。

 ただ読めるっていうだけなんだが……。

 

 アキは本を眺めまわしてから、おれを見た。

「これ、燃やすの?」

「邪魔だからな」

「ちょうだい」

「は?」

「これ、全部ちょうだい。ベッドを作るの、今は土床の上で寝ているから」

「ああ……いいよ」


 するとアキは。さくさくと本の山を、ぼろ家に戻しはじめた。


「おい、本を家に戻すんじゃない!」

「あたしの家じゃ寝られない。オキャクサンがいるもん」


 たしかに。

 とはいえ、この家に居つかれても困るんだが……。


 


 その夜、アキはおれのぼろ家で眠った。

 本を積み重ねたベッドで、本に囲まれながら眠った。

 それが、すべての始まりだった。

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